素直の向こうがわ



「こっちは待ってんだけど。アンタたちが早く来ない分だけ、決まるのが遅くなって帰る時間も遅くなる」


低くて感情のない声が背後から聞こえた。
薫の腕を掴みながら、ゆっくりと後ろへと振り向く。
視線の先にはネクタイがあった。そこから恐る恐る視線を上げれば、そこにはまさに、無表情しかめっ面眼鏡男の顔があった。

眼鏡の奥の冷たい目が私を捉えていた。

その目で見下ろされるのは、あの日怒鳴られて以来だ。

私が何も言葉に出来ないでいると、「早く来いよ」と吐き捨てて眼鏡男はさっさと背を向けた。

その背中を見送りながら、頭の中で先ほど薫に向けた言葉をリプレイする。


「あーあ。『無表情、しかめっ面眼鏡』、全部聞こえてたよ。フミは、まったく……」


私の手の力が緩んだ隙に、薫が私の手を腕から離す。そして他人ごとのように呆れた目で私を見ていた。


「一体、誰のせいだと思って――」

「いいから、これ以上河野の怒りをかわないように行こうよ。ちゃっちゃとルート決めちゃお」


一人無関係とばかりに、真里菜がのんきに笑顔を振りまいていた。