「ほんと、おまえって奴は……」
河野が、額に手を当てて大きく深く溜息をついた。
「な、なによ……」
この期に及んでまだかわいげのない私。
「もう、頼むから俺を振り回すのやめてくれよ」
「振り回すって、私がいつ――」
「おまえと関わるようになってからずっとだよ」
河野が呆れたように私に視線を寄こしつつ、その表情を崩す。
いつも冷静で表情一つ動かさないような河野を、私が振り回してたーー?
私は私で、いくら思い返してみても河野を振り回したつもりなんて微塵もない。
「もういいよ。どうせ、おまえにも自覚なんてないんだろ」
一人考え込む私に、河野が笑いかける。
「それにしても、まさかだな。……ハハ」
河野が笑ってる。
私にだけ向けてくれる笑顔だ。
「な、なにがそんなに可笑しいのよ」
「そういうおまえだって、難しい顔してたかと思ったら、もうにやけてるぞ」
「にやけてるって、そんな言い方ないじゃん。あんただって十分さっきからにやけてる」
薄暗い教室で、二人でしゃがみ込んだまま笑い合った。
どうしても笑顔を堪え切れなくて、顔がふやけてしまう。
心が、胸が、じわじわとその喜びを実感しだして、幸せという感情で埋め尽くされる。
こんな気持ち、初めてで。
この日の教室でのことを絶対に忘れないだろう、なんてことを心の片隅で思っていた。



