「遅くなって悪かった」
薄暗いからなのか、いつにも増して無表情に見えた。
窓の外の空を見ることに一生懸命になり過ぎて、教室の電気を点けるのも忘れていた。
河野の顔を見て、初めてこの部屋が薄暗いということに気が付いた。
でも、私の複雑な表情を見抜かれたくないからこの方がいいかもしれない。
もう、さっさとすませてしまおう。
私は一度深呼吸をして席を立った。
「あのね、河野のハチマキが欲しくて……」
そこで口籠ってしまった自分に焦る。
私の言葉に驚いたように、河野は眼鏡の奥の目を明らかに見開いている。
気まずいほどの沈黙が流れた後、河野がこちらへと向かって来るのに気付いて慌てて続きを口早に言った。
「わ、脇坂さんが河野のハチマキ欲しいんだって。だから……。別に、ハチマキくらいいいよね」
こちらへと近付いて来ていた河野が、パタッとその足を止めた。
敢えて軽い口調で言った私の言葉が虚しく宙に浮く。
「あの……」
「……なんなの、それ」
「え……?」
薄暗いからかその声が鮮明になる。
明らかに怒りの込められたその声に、心が凍りつく。



