素直の向こうがわ




お弁当を食べ終わって教室の前まで戻って来た時、廊下でちょうど河野と出くわした。

あの子のお弁当を食べ終わって洗いに行ったところなのだろうか。

河野も私に気が付いて、そして一瞬その眼鏡の奥の目が見開かれた。
でもすぐにいつもの表情に戻っていた。


「あのさ――」


私はありったけの勇気を出して声を掛けた。
河野が私の前に立っている。
懸命に波打つ心臓をなだめる。


「勝手なことしてごめん。それから、さっきのお礼、ありがと。それだけ――」


――なんとか言えた。
それ以上は河野の前に立っていられなくて教室に入ろうとした時、呼び止められた。


「俺も悪かった。これまで弁当作ってくれたことには変わりねーのに、さっきは、なんか感じ悪かった」


少し俯き加減の河野の黒い前髪がさらっと揺れた。


「ううん。じゃ、じゃあ」


河野は優しすぎる。
そんなの、謝らなくていいのに。

河野は優しい男だ。

でも、そんなこと本当は分かっていた。
ほんのたまにだけれど、これまでだって河野の優しに触れていた。