素直の向こうがわ




その日、考えもしていなかったことが起きた。

いつものように河野がお弁当箱を返してくれた時のことだ。


「いつもありがと。それで――」

「松本さん、お客さんだよ」


河野の声に被るように、教室の扉のところから声がした。
そちらに目を向けても呼びかけてくれたクラスメイトが見えるだけで、そのお客さんとやらは目に入らない。


「あ、ごめん。誰だろ。ちょっと行って来る」


私はお弁当箱を受け取り、そのまま廊下へと向かった。

教室の壁に隠れるように立っていたのは、生徒会室で見たあの女の子だった。


「あ、れ?」

「す、す、すみません! 突然」


勢いよく頭を下げて来たものだから私の目には綺麗な黒髪の小さな頭があるだけだ。
その足元を見ても、震えてるんじゃないかってほど緊張しているのが分かる。


「え、えっと……」

「私、二年の脇坂って言います」

「生徒会室にいたよね。でも、私? 河野じゃなくて?」


終始俯きかげんで、ずっと手を握りしめてる。
ここまで来るのに相当の勇気が必要だったのだろう。


「いえ、違います。松本さんに」


どうして、この子が私に? 


この子とは知り合いでもないし話をしたことさえない。生徒会室で見かけたのが初めてなのだ。


「少し、お話いいですか?」


声はめちゃくちゃ震えているのに、しっかりと今度は私を見ていた。