「じゃあな。姉ちゃん。また来いよ」


玄関先で渉君に盛大に見送られて、私も調子に乗って「うん」なんて言ってしまった。


「松本さん、ありがとうね」


そして、ご飯を食べている頃に帰って来た河野のお父さんにも見送られた。

河野父の登場に初めは緊張しまくったけれど、思いのほか気さくな人だった。河野父とは思えない、人当りの良い明るい人だ。

三人で食べたご飯は本当に美味しくて、楽しくて。

いつもよりたくさん笑った。こんなに笑えたの久しぶりかもしれない。


ほとんど会話をしていたのは私と渉君とお父さんの3人だったけど、河野が一言「美味しい」と言ってくれた。

自分が作った料理を誰かが食べてくれて、そして美味しいと言ってくれる。

それがこんなにも嬉しいことだってことを知った。

玄関先にいたはずの河野は、もう靴を履いて玄関ドアに手を掛けている。


「送ってくれなくても大丈夫だよ」

「駅までの道分からないだろ」


う……。確かに、必死に河野に付いて行ったから学校までの道順なんて覚えていない。


すっかり暗くなった住宅街で、河野と並んで歩いた。
既に空に浮かんでいる月は、輪郭のくっきりとした鮮やかな月だ。
その鮮明さに一瞬目を奪われた。


「……本当に美味かった」


そんな私の隣でぼそりと呟かれた河野の言葉に、史上最大級に私の胸がドクンと波打った。


「それに、渉も本当に嬉しそうだった。母さん今いないから、嬉しかったんだと思う。アンタと料理してる時なんて本当に楽しそうだったから」


今? ということはずっとじゃない……?


そう思うと、急に聞いてもいいような気がしてつい質問してしまった。


「あの、お母さん、どうしたの?」

「ああ。今、入院してるんだ。でも、もう少しで退院できる」

「そっかぁ。それなら良かった」


心底ホッとした。


私とは違う。お母さん、いないんじゃなかった――。


渉君の笑顔を思い出して、勝手に安堵の溜息を吐く。
そんな私を不思議そうに河野が見ていた。