次の日、私は商店街の海苔屋さんで味付け海苔を買ってから、居留地に戻りました。
居留地の中でも、海岸の方には商館や倉庫が並んでいて、中程に商店街、丘の上に領事館や洋館、教会があります。

女学生の時に雑誌に投書を続けた結果、卒業間際に頂いた銀時計は10時を指していました。

「買い物は済ませたけど、陳さんの家に行くのは11時だし…どうしよう」

本来、私の仕事は陳さん親子の食事を作ること。 だから女中というよりは、コックに近いかもしれません。
女学校の家政科を出た私に、兄の妻──義理の姉が、親戚にあたる陳さんの家での仕事を薦めてくれたのです。 ただ、私が専攻していたのは裁縫科でした。

「小一はともかく、老陳はいい人アル。 花嫁修業になるネ」
お金を稼ぐことが出来る仕事を薦めてくれた彼女には、とても感謝しています。

だからという訳ではありませんが、私も義理の姉が忙しくしている時や休んでいる時は姪の遊び相手になります。 姪が私になついてしまって、父親にあたる兄に文句を言われることもあるのですがね。

「……少し早いけど、遅れるよりはいいね」

見晴らしのよい丘の上に建っている家に、私はゆっくりと向かいました。










※作者注;中国語では、姓の前に”老”、名前の一字を取って”小”をつける呼び名がポピュラーだそうです。
”小一”は宗一、”老陳”は陳さんのことです。