「へえ……」
「へえ……って……」
「まあ、そうなるだろうとは想像できましたから」

 受話器を片手に、ぐるぐるの線を弄んで、ソファの上で、ひどく沈んだ声の報告を聞いた。別に驚かなかった。だから、「へえ」と漏らすと、受話器の向こうの声は、ひどく驚いて、私の言葉を復唱する。
 
 死んだと聞かされた人間は、私の弟だった。溺死。片手には、ジュースの缶。馬鹿馬鹿しい、あの子のよく飲んでいたジュースは、りんごジュースだったのに、弟は、オレンジジュースの缶を手にしていた。おまけに、製造会社まで違うのには、ひどく落胆をせざるを得ない。
 可愛い弟だった。

 弟は、私が生まれたその五年後に生まれて、5つ歳が違った。私が高校生のとき、弟は、中学の先輩と、仲良くなった。女の子。よく彼女と家で遊んで、よく彼女と外で遊んだ。
 その彼女は、ジュースをよく飲んでいた。余分なものは何も入っていない、果実100パーセント、甘くて美味しい、りんごのジュース。
 その彼女は、ある日亡くなった。くるくるくるり。飛行機は旋回しながら、海へ突っ込む。彼女は溺死、或いはショック死、或いは爆死。または別の何か。
 とにかく、いなくなりました。
 すると、私の弟は、不思議な気持ちになった。心中は読めないけれど、察することはできる。不思議な気持ちになった。画面の中の彼女はそうして笑っているのに、今いる彼女は白い粉。不思議だった。
 彼は不思議を探訪する。ああ、でも、不思議は探訪してはならないのだ。不思議は、人を狂気へ誘う。
 私にも覚えがある。
 彼は、この世界を知る度、この世界に失望していくのだ。不思議は不思議のままが良かった。知らぬが仏。ああ——ああ。きっと、飛行機がばらばらになって、海の中に沈んだのが、悪意ある人の所業だということも、拍車を掛けた。

 彼は、この世界で生きるのが、バカバカしくなってしまったのだ。
 さようならをしたくなった。

「今回の自殺は、こじつけです。」
「……どういうことですか?」
「遺書を見ませんでしたか? そこには、彼女の跡を追うという旨が書かれてあったかと思います」
「ええ、ですから、私どもは、遺族である貴方に……」
「いえ、先ほどもいいましたが、それはこじつけです。友人であり、いまは死者である少女の跡を追うことにして、自殺の目的をカモフラージュしたかったのです。あの子は、シャイですから」

 受話器の先では、警察官が、呆れ顔だろう。はたまた、目を見開いているかしら。でも、弟の気持ちがわかってしまうのだから、仕方がない。
 りんごジュース。私は缶で飲むより、ペットボトルの方がいい。なにせ、飲みやすいもの。