そう、あたしには
“例の彼氏”という存在がいた。
昨日まではいる。だったかもしれないが
今は過去形。いた。
つまりはそういうことだ。

「今朝、別れちゃいました」

おかわり、と、グラスを
マスターに差し出しながら
ぽつり。

「合わないって思ったって、」

別にマスターは続きを
聞いたわけでもない。
あたしが勝手に話し出す。

「自分から好きだって言ったくせに」

出されたおかわりも
あっという間に飲み干す。
飢えた身体にどんどんアルコールが
染み渡り、内臓が
消毒されているようで、
かぁーっと熱くなる。

「そっか、それで悲しかったんだ」

マスターが優しそうなたれ眉を
さらに下げて問いかける。
せっかく彼氏出来たって、
ここでお祝いしたのにね。
なんて悲しいことを言う。

「本当に!一瞬だったなー」

いつものは飽きて、
違うお酒を頼もうと
メニューに手を伸ばす。

「マスター、次…」

注文をしようと声をかけると同時に
ドアベルの軽やかな音が店内に響く。