ゼロ校 RUSH

音「仕事の出張が度々あって、この家で過ごすのはそんなに長いわけじゃないけどさ……なんか、いざ出るとなると…」


私には、続きの言葉が何か、もう想像付いていた。


数秒して、お母さんは笑う。


音「なーんて、私がこんなこと言ってもねー!」


誰が見ても分かるようなお母さんの作り笑い。


緑「そんなこと……ないです」


もっと他に、お母さんが元気になるような言葉を言いたいのに、上手く口が回らない。


音「ありがとう、緑」


お母さんは再び笑った。
少し前に見せた、作り笑いをしたような笑顔とは違くて、綺麗な笑顔だった。


秋「音羽、緑、そろそろ行くぞ!」


運転席から顔を覗かせたお父さんに呼ばれて、お母さんは助手席に、私はおばあちゃんがいる後ろの席に乗った。


直ぐに車は動き出したかと思うと、あっという間に家から離れていった。


誰ひとりとして、口を開くことはしない。
きっとお母さん達は、私と同じ気持ちを抱いている。


思い出が詰まったこの家を、この町を、出るのだから。


町が見えなくなるまで、私達は一言も会話をすることはなかった。