「……言おうって、思ったんですけど。でも、今回ばかりは、どうしても駄目だった」
「本当、ですよ。何で言ってくれなかったんですか……っ」
「……すみ、ません」
「でもっ、桜さん」
ここにいるということは、私のところに来てくれたということは、
「生きたいと、思っているんでしょう……?」
ねえ。
畳みかけると、ぱらぱらと彼女の瞳から涙が零れ落ちていく。テーブルを濡らすことの無い涙が酷く哀しくて、こんなに近くにいるのに触れることができないのが酷く歯がゆくて。
蝉時雨が、耳元で鳴り響いている。
「どうして貴方まで泣くんですかぁ……」
「だ、って。桜さんのこと、気付いてあげられなく、て」
「そんな、だって、私隠してから当たり前なのに……」
「ばかですよ、桜さん。私、貴方のこと、頼りにしてる、んですよ……?」
「……す、みませ」
「謝るんだったら、っ」
一度犯してしまったことは、もうどうにもならないから。
ねえ、とまた彼女の名前を呼ぶ。最初に呼んでいた名前はもう、思い出せない。けれど、多分それでいい。どっちの名前だって、彼女は彼女だから。
「生きて、また、お話ししましょ、っね」
こくり、と頷いた彼女の姿が、薄くなっていくのが分かる。その姿が見えなくなってしまうのが怖くて、本当にちゃんと生きているのかが不安で。
桜さん、と呼んだ名前に、彼女はふんわりと笑って。
「ありがとうございます、虹さん」
最後に私の『名前』を呼んで、その場から跡形もなく消え去った。
唯一、彼女の座っていた場所においてある飲まれた形跡のないお冷だけが彼女の存在を裏付けていて。手の付けていないお昼を残して会計を済ませると、私は夏真っ盛りの外へ出た。
蝉時雨が、相変わらず降っている。蝉時雨を、降っていると称するのかは分からないけれど。
願わくは。彼女が、助かりますようにと。
最悪な形なのかもしれない。自殺未遂という形は、きっと彼女にとってこれ以上ないくらいに最悪で、────けれど。
生きたいと願っていたのだから、そのために私のところへ来たと信じていいのなら、私は。
バッグに仕舞い込んでいたスマホが、何かの通知を知らせる。はっとしてバッグの中から探し出したスマホの、通知を見て。
思わず泣いてしまったことは、許してほしいと思った。
『ありがとうございます、虹さん』
────end.


