彼女も彼女で店内を物珍しげに眺めていて、その手元は持ってこられたお冷のコップを弄ってはいる。が、触っている、だけで持ち上げたり動かしたりはしていない。
────一体、彼女は、
「結良先輩、どうかしました?」
「……え、あ……」
「結良先輩?」
蝉の声が、五月蝿い。
「ゆーらせーんぱーい」
────目の前に座る彼女は、一体誰だろう。
さっきまで読んでいた名前は、なんだ。どうして私は、彼女が『彼女』だと思っていたのか。彼女が自分の後輩だと、そして同輩やサークルの後輩と彼女の話をした記憶があったと、
私は、彼女を、知らない。
そう、知らないはずなのだ。私は彼女が誰なのか知らない。けれど、知っている。彼女が一人暮らしなことだとか、実家が農家で二週間に一遍は帰って野菜と米を持って帰っているだとか、周りから頼りにされているだとか。
「こちら、ご注文のお品になりまーす。以上でよろしいでしょうか?」
「あ、……はい、」
「ではごゆっくり」
店員に思考を遮られる。目の前の彼女は座って、私をじっと見つめている。
ふ、と困ったように、哀しげに笑ったその彼女の笑みに、私ははっと胸を突かれた。
どうして思い出してあげられない? 私は本当は、彼女を知っているのではないだろうか。けれど、だとしたら、何故彼女の姿は見えていないかのように振る舞われるのだろう。
わから、ない。
「────ねえ」
持ってこられた食事には目も触れず、ひたと彼女を視界に収める。どうしたんですか、と答える声はどこか諦めのようなものが滲んでいるように感じられて、得体の知れない焦燥感に駆られる。
「貴方は一体、誰?」
その問いを発した瞬間、彼女を纏う空気が、揺らいだ気がした。
「結良先輩」
私の名前を呼ぶ彼女が、そっと私に手を伸ばす。その手を取ろうと私も手を伸ばして、────触れ合ったはずの手が、何故か空を掴んだ。
え、という声が思わず漏れる。哀しげな彼女の姿が視界に映る。
どうして、問いかけようとした言葉は唇の端にしがみついたまま、とても彼女の表情を見て口にできる神経は持ち合わせていなかった。


