ーside遥香ー

尊の懸命の治療があって、私は肺炎にかからずにすんだ。

体温も平熱より少し高いが、私は退院できた。

「遥香、そろそろご飯食べれそうか?」

そういえば、おかゆを中心とした病院食だった。
でも、全て食べられるわけでもなかったからずっと点滴で足りない栄養を補ったりしていた。

食欲はないけど、家に帰ってこれたから頑張らないとね。

私は、頷いた。

「無理して食べなくていいからな?」

「分かった。」

そういえば、私はしばらくカレンダーを見ていなかったけど、もうすぐクリスマス。

尊に何か贈ろうかな。

だけど、私はクリスマスにいい思い出がない。

誕生日に、父親の命日。

だから、この日はなんとなく憂鬱になる。

自分の誕生日と命日が一緒なんて。

外は、イルミネーションとか盛り上がってるけど毎年そういう気分になれない。

私はしばらくカレンダーを見つめていたら、

「遥香?大丈夫か?」

尊が後ろから歩み寄ってきた。

「大丈夫だよ。」

「今年ももうすぐクリスマスが来るな。」

「そうだね。」

まあ、私には関係の無い行事。

むしろ、仏教である日本がどうしてクリスマスなんかで盛り上がるのだろうか。

「遥香、今年はどうしたいか?」

「…いつも通りでいいよ。」

去年は、初めて尊とクリスマスを一緒に過ごした。

8年ぶりに誰かと過ごした。

でも、お祝いしようとしていた尊に、私が全力で拒否したから、普段通りの1日を過ごした。

「分かった。」

尊は、あえて何も触れてこない。
この日が何があったのか知っているからだろうけど。
私が、こういうことに触れて欲しくないことくらい尊は分かっている。

だからこそ、普段通りでいられる。

「遥香、ご飯できたからおいで。」

「はーい。」

私はリビングに向かい、尊と向かい合う形で座った。
座ったはいいものの、やっぱり食欲がない。

匂いだけで十分。

「やっぱり無理そうか?」

心配そうに顔を覗き込む尊。

「ごめん。やっぱり食べれそうにない。」

「分かった。じゃあ、おかゆだけ食べて後はまた点滴しよう?」

え!点滴!?
せっかく退院できたのに!

「やだ…。」

私は初めて尊に治療を断った。
だから、尊もかなり驚いている。
ごめんね尊。

「ダメだ。ちゃんと点滴して。じゃないと低栄養になる。ただでさえ、今回の入院でかなり体重減ったんだからな?」

「え!何で体重知ってるの?」

「そりゃ、遥香の彼氏だし。主治医だから。患者さんの情報を管理することは医者として大切な仕事の1つですよ。」

そう言って、意地悪な笑みを浮かべている尊。
ずっと針を腕に刺していたから、腕は内出血してる。

もう、痛いのはやだよ。

「無理…。」

私は気づいたら椅子から立ち上がっていた。
だけど、立ちくらみで座り込んでしまった。

「遥香。大人しく点滴を受けなさい。」

「もう、これじゃあ家にいても病院でもメリハリつかないよ。」

「ごめんな。

でも、これ以上遥香を入院させたくはないんだ。

俺は、いつでも遥香に元気でいてほしい。」


ご飯を食べながらも冷静に言う尊。

いつも、私が抵抗しても尊は何枚もうわてだ。

「ご飯食べたら、痛みを感じないように点滴打つから、とりあえずおかゆはもう少し食べな?無理しない程度で。」

一口も手をつけていないお粥。

私はスプーンを手にし少しずつ食べ始めた。

その様子を見守る尊は笑顔だ。

「えらいぞ、遥香。」

私は、その言葉が嬉しい。
だけど、やっぱり褒められると照れて尊の顔を見られなくなる。
私は、それから下を向いたままお粥を食べ続けた。

「よし。半分もいってないけど入院してた時よりかは食べられたな。」

ご飯を食べ終えた私に、尊が食べた量を確認した。

「じゃあ、食器片付けるからお風呂入ってきな。」

お風呂!
やった!入っていいんだ!
ずっと入ってなかったから嬉しい。

「嬉しそうだな。」

しまった。顔に出てしまっていた。

「でも、まだ病み上がりだから気をつけろよ?あまり、長風呂はしないこと。何かあったら呼んでいいから。」

さらっと呼んでいいとか言ってるけど、呼んだら裸姿見られるじゃん。

そんなことを考えていると、

「別に、今更恥ずかしがらなくていいだろ?診察とか検査とか…あと坐薬とかである程度は見てるんだから。」

そういう時は、熱が出てるからそれどころかじゃないでしょ?

尊は、デリカシーというものがないのかな。
私の心は読むけど、そういう所にも気を遣ってよ。

「絶対呼ばないし。」

尊に、もう知らないっていう態度をしてみたら、突然尊に手首をつかまれ腕の中に引きずり込まれた。

「もう!なに?」

「怒ると咳が出るぞ?」

そんなこと知らないよ。

「尊が悪いんじゃん。」

「悪かったって。ごめんな。でも、俺は何回理性こらえてきたと思ってるんだ?」

近い、顔が近いから!

「なぁ、例え診察や治療だとしても、好きな人の裸を見ることが平気なわけないだろ?かなり、危なかったんだからな?」

そんなの知らないし!

「そんなこと…私、意識朦朧としてたから覚えてないもん。」

苦しい言い訳をするけど、

「意識朦朧としていても、ちゃんと抵抗していたのにな。あんなに熱が高かったのにどこから抵抗する力が出てくるんだろうな?」

やっぱり、尊にはかなわない。

恥ずかしいものは恥ずかしいんだから。

「もう!私お風呂行ってくるから。」

「ちょっと、いきなり立ち上がるなよ?」

そう言うと、尊は私を支えながら立たせてくれた。

「やっぱり、立ちくらみするか。」

それからしばらくじっとしていると立ちくらみは落ち着いた。

「大丈夫か?」

「うん。」

「今日は、シャワーだけの方がよさそうだな。」

「分かった。」

「じゃあ、行ってきな?」

私はシャワーを浴びに向かった。

やっぱり久々に体が洗えるって嬉しい。

でも…

お風呂に入りたい。

長い時間入ってなければ平気かな。

平気だよね?

体を洗ってからお風呂に入った。

やっぱり、お風呂は疲れが取れるね!

あー、出たくないな…。

でも、そろそろでないとまずいよね。

私はゆっくり立ち上がった。

思ったよりも立ちくらみが強い。

ずっと浴槽に掴まっていると、ようやく落ち着いてお風呂から出た。

水分をタオルで拭き取り、パジャマに着替えて髪をドライヤーで乾かし髪を整えてからリビングへ向かった。

尊は、何やら真剣な表情でパソコンを見つめていた。

私は尊に気づかれないように後ろに回った。

え?

私は目を疑った。

この人は誰なの?

パソコンに映る見知らぬ女性のSNS。

何?


どうして、この人のツイートをわざわざプロフィールから入ってみているの?


気にかけてるの?


今、気づかれると私は普通でいられなくなる。

尊に気づかれないように私は部屋へ向かった。

今までのあの温かさは嘘だったの?

尊はやっぱり17歳の私を本気で相手するわけない。

なんか。

騙されていたんだ私。

そう考えるとばかばかしい。

少しでも尊を信じた私がばかだった。

明日から、私はどうすればいいの?
きっと、尊のこと信用出来ない。
だからって、責めたりもできない。

だって、私は救われたから。

それは紛れもない事実。

本気でぶつかってきた尊。

あー!
もう!
今までの尊って、嘘の尊だったの?

やめよう。
もう、こんな関係やめよう。

もう、昔のアパートは別の人がいるのかな。
明日、少しだけ様子を見に行こう。

私はベッドに横になった。