ーside尊ー


遥香には、まだ早かったのかもしれない。


移植を考えるには、まず体力が必要になる。



遥香の体力は、あまりない。


それに…


ショックが大きすぎて、心の負担が大きくのしかかってしまった。


そんな状態で、移植の話をしてしまったことに後悔している。


移植なんて怖いはずだよな…


遥香が、移植に対してどう受け取ったのかはわからないけど…

多くの患者さんを見てきて、そんな事は痛いくらい分かっていたのにな。


あー…


俺は男だろ。



そう自分に言い聞かせ、俺はくよくよ考えることを辞めた。


今は、遥香のそばにいよう。


そう決めた。



とりあえず、検査結果を伝えるために近藤さんの元へ向かった。



「近藤さん、ちょっといいか。」


「はい。」



近藤さんは、手を止めてすぐに俺のあとについて来て、医局の隣にある小さい部屋に入った。



ここは、医者が当直の時に仮眠する部屋。



「さっきの検査結果のことなんだけど…」



「はい。」




「遥香、心臓病だった。」




「え?」



俺も、近藤さんもしばらく固まっていた。



やっぱり、信じたくはないよな。



「遥香ちゃん…重症なんですか?」



「…あまり良い状態とも言えない。いろんなリスクは背負うけど、遥香には大学は通わせたあげたい。」



「遥香ちゃん、勉強頑張ってましたもんね。」



「あぁ…。」



「佐々木先生!しっかりして下さい。遥香ちゃんのこと支えていくって決めたんですよね?」


「それはそうだけど。」



「だったら、今は遥香ちゃんのそばにいてあげてください。今1番不安なのは、遥香ちゃんですよ?」



「ごめん、近藤さん。」



俺は、遥香の元へ走った。



病室に向かうと、遥香はいなかった。



どこに行ったんだ?



寒いから、屋上か中庭に行ったなら暖かい格好してればいいけど…



そう思いながら、遥香のことを探した。


「遥香ー!」


「あ…尊…。」



遥香は、広場に置いてある雑誌を読んでいた。




「遥香、寒くないか?」



「大丈夫。」



そう笑顔になった遥香を見て、安心したのもつかの間だった。


遥香の体を触ったら、熱を帯びていた。


「遥香、大丈夫じゃないだろ?ちょっと診察させて。」



「え!ここで?」



「あぁ。」



「みんないるよ?」




「…分かった、じゃあちょっと運ぶから。」




俺は遥香の身体を持ち上げ診察室に向かった。



遥香をすぐに診察台に寝かせた。



「遥香、体温測るよ?」


「うん…」



「いつから熱があったんだ?」



「…気付かなかった…。それくらい、そこまで具合悪くないよ?」



具合悪くないよって…


「そんな嘘は通用しないぞ?病室から逃げただろ?」


「…。」


「どこか、痛い?それとも苦しい?」



今、俺に遥香を攻める資格なんてなかった。


俺も、遥香の様子の変化に気づくことができなかったから。


責任は、俺にもある。


「苦しい…」



瞳に涙を浮かべながら遥香はちゃんと伝えてくれた。


遥香の頭を撫でてから、遥香の診察を始めた。



それにしても…



音が悪い。



さっきよりも、喘鳴が酷くなってきた。



遥香の呼吸数を数えていると遥香は咳き込み始めてしまった。



「遥香、大丈夫だから深呼吸しよう。」


遥香に吸入器を吸わせて、発作は落ち着いてくれた。



呼吸がまだ浅い。


「遥香、点滴してもいいか?」



「やだ…」



俺から目を逸らし、腕を出してくれなかった。


「遥香、今のままだと苦しいだろ?」



「このままでいい…何もしないで。」


こんなに治療を嫌がるのは中々ない。



遥香は、比較的素直に診察を受けてくれていた。


「はる…ちょっといいか。」



きっと、不安に感じているのかもしれない。



それか、今の治療が意味の無いことだと思っているのかもしれない。


俺から背を向けるように横になっている遥香を自分の方向へと向かわせた。




「遥香、治療をちゃんとやらないと治るものも治らないよ?」



「…だって治らないでしょ?」


「遥香、俺は遥香のために出来ることをしたいって思ってる。遥香が治らないって決めつけても、俺は遥香の喘息を治すって決めてるんだ。だから、遥香も一緒に頑張ろう?」



「頑張ったよ?私。ずっと、頑張ってきた。治療も検査も…だけど、頑張った結果がこれだよ?もう、意味ないんだよ。」


やっぱりか…


意味が無いと思っていたのか…。


「遥香、治療が辛くても逃げなかったんだから今度も向き合えるよ。辛い治療に遥香は耐えられる。俺はそう信じてるよ?」



「尊…。」



「意味が無いなんて言うな。まだ、遥香にはやれることもたくさんある。簡単に諦めないでくれ。」



「私…ごめん。間違ってた。」


「遥香の病気、治してみせるから。遥香のこと俺が守ってみせるから。」


遥香にそう言い聞かせ、遥香の涙を親指で拭った。


「尊、お願い。」


遥香は、そう言って右腕を出してくれた。


遥香の場合は、左利きだから右腕に刺す。


「よく頑張ったな。」



遥香の頭を撫でてから、車椅子に乗せた。


病室に向かい、遥香を寝かせた。


「熱が上がってるから、今日はもうゆっくり寝てな。」


「…眠くないよ。」


「そっか。無理に寝ろとは言わないけど…」


「尊、お話して?」


「え?」


「ごめん、仕事?」


「今日は休みだからいいよ。何のお話がいい?」



「んー…心臓病のことちゃんと話して。」


この前も、遥香と同じような喘息の患者さんの体験談を話した。


時々、遥香は自分に喘息を患って苦しんでいるのは1人じゃないって言い聞かせている。


だから、遥香に受け持った患者さんの話をしている。


俺は、遥香のベットサイドに置いてある椅子に座り話始めた。