ーside尊ー

外来の診察が終わり、早く遥香の顔が見たくて急いで患者のカルテを整理した。

仕事をしているところに、警察がやった来た。

「お仕事、お疲れ様です。白石遥香ちゃんは目を覚ましましたか?」

「はい、覚ましました。」

「話を聴ける状態でしょうか。」

「それが、まだ事件のことを受け止めきれていないところがあって、この間も刃物を見て発作と過呼吸を引き起こしてしまったんです。」

「そうですか。お辛いですよね。それなら、こちらの方ももう少し時間を置いてからで大丈夫ですので、話せるようになったら我々を呼んでください。」

「分かりました。」

警察は、俺に頭を深く下げてから医局をあとにした。

それにしても、すごくいい人だった。

こういう時、重要参考人の遥香に早く話が聴きたくて仕方のないものだと思っていた。

遥香に合わせてもらえるならそっちの方がいい。

リハビリ頑張ってるって聞いたからな。

1日目で、歩行器を使って歩けるようになったならだいぶ早いと思う。

でも、喘息の方はそうはいかないんだよな。

まだ、喘鳴も聞こえるし発作も頻繁にある。

退院はまだ先だな。

最悪の場合を考えて、卒業式には出てからまたここに戻って来てもらうことになる。

「遥香。」

遥香の病室に向かうと笑顔の遥香がいた。

「尊、私歩行器で歩けるようになったよ!」

「頑張ったんだな。でも、焦らずゆっくりでいいんだよ?」

「早く退院したいから。」

遥香のその言葉に心が痛くなった。

退院はもう少し長引きそうだから。

今回の過呼吸と、ストレスが発作を引き起こす引き金となって、喘息を悪化させてしまった。

「なぁ、遥香?」

「なに?」

このまま、何も言わないのは可哀想だからな。

「遥香、今回のことで喘息が少しだけ悪化したんだ。だから、退院は卒業式までには間に合わないかもしれない。でも、俺は遥香に卒業式には出てもらいたい。だから、一時退院ってことで卒業式の日に家に帰ろう。」

「喘息、悪くなったの?」

「数値が、少しだけな…。でも、また治療すればよくなるから。俺もついてるから一緒頑張ろう?」

「…分かった。」

「今、遥香が治療頑張れば、大学の入学式には間に合うからな。」

そう言って、遥香を抱き寄せた。

卒業式に出られたとしても、またここに戻って来なければいけないことに、また大きなストレスを遥香に与えてしまった。

遥香を抱き寄せることで、少しでもストレスが和らいでくれればいいと思った。

「尊、私頑張るから。」

最近は、治療に前向きになってくれて成長したことを感じる。

「成長したんだな、遥香も。」

気付けばそう口にしていた。

「ん?何か言った?」

「何でもないよ。」

「尊、家に帰らなくていいの?仕事疲れたでしょ?」

「ん?もう帰ってきてるけど?」

「え?」

頭の上にはてなマークがいっぱいの遥香。
こういう顔をされると、いじりたくなる。

「俺の帰る所は、遥香のそばだから。」

「尊…」

「帰る場所なんて関係ない。病院でも、家でも遥香がいないなら意味がない。」

これは、俺の本音。
遥香がいない家に買えることが寂しい。

大人なのに、情けないとは思うけどな。

それだけ、遥香は大切な存在。

人生のパートナーになってほしいけど、それを伝えるのは、遥香が卒業したらにしようって遥香に出会ってからそう決めている。

「なぁ?遥香、そろそろ布団の中から出てこいよ。」

照れた遥香は、掛け布団を顔までかぶってしまった。

「遥香?」

呼んでも返事がない。
怒らせたか?

掛け布団をめくると、遥香は眠っていた。

こういう可愛いことをされると、理性が吹き飛ばされる。

普通、このタイミングで眠るか?

でも、初めてのリハビリでだいぶ疲れたんだな。

俺は、遥香が起きないうちに下の売店で買出しを済ませた。

遥香のやつ、お昼も食べなかったんだよな。

フルーツジュースでも買っていくか。

遥香の好みは、最近になってようやく分かってきた。

たしか、オレンジが好きだったんだよな。

そんなことを思いながら買い物をしていると後ろから俺を呼ぶ声がした。

「尊!」

「あ、朝陽。」

「遥香ちゃんの買出しか?」

「まぁ、そんなところ。朝陽はもう帰り?」

「…それが…。」

何か言いたそうにしている朝陽。

「はっきり言って。」

「実は、近藤さんに用があって。」

「近藤さん?」

「あぁ。悪いんだけど呼んできてもらえる?」

「いいけど、もしかして。」

私服の朝陽。
まさかとは思うが仕事の話なわけないよな。
わかりやすい奴だ。
そこが、朝陽らしいけどな。

それから、朝陽と分かれ遥香の部屋へ戻った。
部屋を出てきた時に、点滴が終わりそうだったからきっと変えている頃だろう。

病室に戻ると、予想通り近藤さんがいた。

「あ、近藤さん。」

「点滴が終わっていたので変えておきました。」

「ありがとう。」

「いえ。遥香ちゃん、ぐっすり眠っているみたいですね。」

「そうだな。」

「佐々木先生の布団用意しておきましたよ。」

「ありがとう。近藤さん、朝陽が下で待ってたけど待ち合わせしてた?」

「え?」

「今日はもう上がっていいから行ってきなよ。」

「あ、はい。分かりました。」

近藤さんも、顔が真っ赤になっている。
2人して本当に分かりやすい。

初々しい2人にこっちもにやついてくる。

遥香は、知ってたのか。
朝陽と近藤さんのことを。

自分は鈍感なのにな。
けど、そこがいいのかもな。
遥香らしい一面でもあるしな。

そう考えると微笑まずにはいられなかった。

本当、遥香のそばにいると疲れが吹き飛ぶな。

暖かい気持ちになり、気付けば眠りについていた。