でも、そんな私にも好きな人ができた。
入学したばかりで、目的地にたどり着けずに迷っていた時、見つけた。
美術室。
誰かがいるような気配はなかったけれど、案内してもらえないかと人を探して中に入った。
「あの………」
入った先で見つけたのは、広いキャンバスにたった一人向かう背中だった。
広い、男の人の背中。
咄嗟に口をつぐんだ。
声を、かけてはいけない気がした。
その背中からは、気迫とも見て取れるような、何かを感じたから。
真っ白なワイシャツの広い背中は、静かに燃えていた。
それから彼は、筆を手に取った。
正直、驚いた。
ダイナミックで正確な筆の動き。
もっと静かで、慎重に積み重ねていくものだと思っていた。
でもそれは、目の前の彼によって、尽く崩されていく。
赤、黄、緑、その陰影。
色んなものが、さっきまでのただの白いキャンバスを埋め尽くしていく。
色彩が踊っていた。
鼓動が早い。
どうしてこんなに苦しいのか。
筆が止まった瞬間、思い出したように息をした。
描き上げたそれは、彼の前に置かれた花だった。
完成したものに息を飲んだ。
もっとよく見たいと、一歩踏み出したら。
キシリと、床の桟が音を立てた。
「っ…誰」
「ぁ……」
振り返った彼に、すべてを忘れてしまう。
その瞬間、好きだと思った。
このときの私を褒めたい、よくぞ口に出さなかった。
中性的な顔立ち。
綺麗な肌。
少しクセのある髪。
目元のホクロ。
彼を包む雰囲気。
シャープだけど淡い輪郭。
彼のもつすべてが私を惹きつける。
自然と足が前に出て、
中断していた歩みを再開した。


