三月ウサギは恋をする!?

「華菜夜ちゃん、何処に行っちゃったんだろう」
「探さない方がよくね? 絶対にあの二年とイチャイチャしてるって」
「それはそれで嬉しいな。華菜夜ちゃんが恋に積極的な姿って見てると嬉しい」

 美音が花を撒き散らすかのような満面の笑みで答えると、巴は支えていた肩の手を離す。

「美音は、好きな相手とどうなの?」
「わ私は、――私は」

 ふと蘇ったのは、去年、入賞した嘘を塗った油絵。あの油絵のタイトルは『錯覚』。恋の錯覚なのだと自分で自分に言い聞かせる為の、混沌を塗りたくった。

「私は好きな人なんて」
「それは良かった」
 二人の会話に、突如割って入ったのは、弓道部の部長、小林松庵(こばやし しょうあん)だった。感情が表に出ない物静かな男で、真面目で顔立ちも整っているが女子と話しているのを見かけたことはない様な堅物だ。
「あ、えっと小林君」
「今度、是非とも美術部とうちの弓道部も交流会をして欲しくて、会長に頼もうと思っていました」
「ええ!?」
 小林は、昨日行われた公務部の交流会を目撃し、公務部ならば生徒会長に頼んだ方がいいと頭を働かせたのだろう。弓道部には、生徒会長も在籍している。この話が利香の耳に入れば、叶わないことでもない。いや、利香ならばすぐに了承するだろう。
「俺は貴方と話をしてみたいと思っていました」
「私ですか!?」


 ぴゅーっと巴が口笛を鳴らし二人を囃したてる。美音は、積極的に男の人に話しかけられたこともなくただただ真っ赤になりながら、喉がカラカラに乾いていくのを感じた。


「貴方の絵を見て、弓で心の真ん中を打ち抜かれた気分です。是非、そんな感動を貴方にも経験していただけるような男に成長したい」
「そそそんな、私にはそんな勿体ない言葉を」

 あわわわわわわわとうろたえる美音に、小林は目を細める。

「慌てる姿も可愛らしいですね。ますます貴方に興味が出ました」
「小林君!」

 真っ赤になった美音に、小林は一礼すると弓道部の方角へ戻って行く。もしかすると、部室から美音を見つけ話しかけにきたのかもしれない。洗礼された物腰に、まだ美音は動悸が治まらなかった。

「さっすが月華学園だよな。生徒のレベルいちいち高くね?」
「と、巴ちゃん、さっきの小林君知ってるの?」
「知ってるも何も。秋とかに行われる収穫祭だの春に行われる、うちの県のお茶会だので、あいつ馬の上から弓打つやつ、よくオープニングでやってるじゃん」
「流鏑馬のこと?」
「そうそう。すっげーよ、格好良いし、見ればお前も惚れちゃうんじゃね?」
「わ、私は好きな人が――」
 そう言って、美音は慌てて口を押さえた。巴の前で、嘘をついたり誤魔化せるほど美音は強かではないのだ。
「何ー? 初耳なんだけどー、あんた好きな相手いるの? でも利香との勝負、負けたんだよね? あの子なら知ってるのかな」
 興味深々の巴に捕まったならば、もう逃げられないと腹をくくるのか 上手に名前を出さないようにしなければ。そう覚悟を決めた時だった。
「あれ今日は部活はどうしたんですか?」
 わざとらしい高い声に、美音の肩が大きく反応した。
「これはこれは副生徒会長様。この前、将棋の大会、優勝おめでとー」
「ありがとうございます。優勝できて一安心です」
「一安心?」
「ええ。それぐらいで満足なんてできないのでね」

 眼鏡の奥の瞳が自信でめらめらと燃えている。小林に対抗しているように聞こえ、美音は横を向く。

「そう言えば、野球部の練習試合は見に行かなくていいんですか?」
「あー! 忘れてた! 去年、接戦だったライバル校とじゃん。行く行く!」
「お気をつけて。理事長も校長も見に来てますから、粗相の無い様に」
「やっべ。隠れて見よう」