「ピンポーン」

何の前触れもなく玄関のチャイムが鳴った。
「こんな時間に誰だろう?」
玄関に向かう父を目で追いつつも、
私は煎餅をかじりながらテレビを見続ける。

「さて、次はこちらですが……」
テレビ番組の司会が新しいフリップボードを読み上げる。
「『実はアナタも狙われている!?突然裏社会の組織が家族を拉致、平凡な日常が一変!!』何と、海外で暗躍しているいくつもの組織が日本に目を付けてるというんですが……」
「今後は欧米諸国に匹敵する危機管理教育が必要に……」
理事長が持論を展開し始めた時だった。

「母さん……」
冴えない表情で玄関から戻った父の後ろには、
ビジネススーツを着こなした背の高い男性が付いてきていた。

男性がリビングに顔を出した瞬間、彼とばっちりと目が合ってしまう。
(ちょっ……リアルイケメン!!)
端正で歪みのないシンメトリーな顔立ちと、物憂げな深い色の瞳、
ナチュラルに整った黒いショートヘア……
ドキドキしてガン見できず、私は慌てて残りの煎餅を口に詰め込み、目を逸らした。
しかし、そんな浮かれた私とは正反対に、
いつもならイケメンイケメンと騒ぎ立てる母が今にも泣き出しそうな顔で絶句している。

「お久しぶりです、小林さん……」
(嘘っ……声までイケメンッ!!)
狼狽する母とは対照的に、男性は無表情で静かに挨拶をした。
低く甘いバリトンボイスに、私は思わず逸らした目を再び彼に向けてしまう。
でもそれは、事の重大さを知らなかったからできたことなのだと、
後々になって気付くのだが……

「用件は……おわかりですね?」
男性が父と母を見ながら抑揚のない声で告げると、
「ああっ!」
突然母がその場に泣き崩れた。
「ちょっとお母さん!?」
(お母さんのこんな姿、初めてだよ……)
「……」
父は無言のまま額を抑え、立ち尽くしている。
(何なの?この異様な空気は……)

「では……」
両親のただならぬ様子に戸惑う私におもむろに近付く男性。
男性は、私の手首を突然掴み、強く引っ張った。
「な、何するんですかっ!」
ありったけの力で男性の手を振りほどき大声で叫ぶと、
父が切羽詰まったような声を上げた。