「……椋(むく)か。」
黒田くんは静かに私から顔を離して
それから ギロッ---と襖の方を見た。
彼がそう言うと
襖の向こうから「はい。」と返事をする声がした。
それを聞くと、
黒田くんは仕方ないというようにその場で立ち上がって
襖の方へ歩いて行く。
(……あ、れ……体が軽くなった…?)
妖力を解いたのか、彼が離れていくと
先ほどまで動かなかった体が動くようになった。
私が体を起き上がらせると、
黒田くんは襖を開けて そこにいる人物を見下ろす。
「本当に…いいタイミングで来てくれたよね。」
「申し訳ありません。
ですが、こちらも急ぎですので…。」
襖の向こうで、男の人が彼にそう言う。
黒田くんの背中越しに
チラッとその姿が見えるけど、
彼と同じように 黒い着物を着ていた。
真っ黒な髪だけど、
黒田くんみたいに長くはない。
黒田くんは不機嫌そうな声で
その彼に尖った口調の言葉を向ける。
「…四神がお見えになっています。
吟様にお話があるとのことで…。」
「……まぁ、いずれは来るとは思ってたけどね。」
まさかこんなに早いなんてなぁ、と
黒田くんはため息を吐くようにして呟くと
不意に私の方に振り返って、
先ほどのように 小さく微笑んでくる。
私が思わず それにビクッと肩を震わせると
黒田くんはクスッと笑いながら
私を見つめる。
「ごめん。少し集まりに出てくるけど…
ここで、いい子で待っててね?華。」
彼はそう言うと
妖しい笑みを残して
椋と呼ばれた男の人と部屋を出て行った。
その時にきちんと見えた椋という男の人の姿は
やはり黒田くんと同じように
狐の黒い耳を持っていて───
私は本当に
ここが『私のいた世界』ではないことを
思い知らされた。
