「……よかった。今日会えて。あたし、9月になったら連絡しようと思ってたから……」

「ん? なんで9月なの?」

「……誕生日じゃん、蒼佑くんの……」

「覚えてて、くれたんだ」

「当たり前だよ。仮にも、す、好きな人の、誕生日だし……」



 仮って何だと、突っ込むところだけど、好きな人という言葉ばかりがハウリングしてしまっている気がする。

にこにこしている蒼佑くんがそれを如実に物語っていた。



「……すごい攻撃力だね」



 ゲームの話がなぜここで、と思ったけど、好きの二文字がこんなに重い、と感じさせた。

横に流した長い前髪を、手ぐしで梳かして顔を隠していた。見えてるけど、と隠し切れていない真っ赤な顔が、こんなにも愛おしい。




 きっかけがないと、連絡もできなくて、今か今かとずっと温めていたつもりだったけど、同じことを考えていた蒼佑くんが可愛らしい。


ロマンチックな告白を、なんて言っているけど、みかんの箱がごろっと転がっている時点で、ロマンチックさとはかけ離れていると思う。









 まだ傷一つない携帯は、電話番号もアドレスも新しくなっていて、アドレス帳見て、と促された。初めて蒼佑くんの情報の塊を目にしたけれど、ずいぶんと、少ない気がした。



「あのね、美由紀、とか、他の女の子とか、全部ないから」

「消しちゃったの? 女友達とかも?」



 うん、と真っすぐ向けられた目が、真剣さを醸し出す。






「ていうかね、家族と仕事の人とかしか入ってないんだ」

「え!?」


 反省にしても、極端すぎないだろうか。

ずいぶんと、勇ましい。……子犬みたいな顔してるくせに。





 美由紀さんが初めてつき合った彼女だと、教えてくれた。

高校の同級生で、共通の友人もそんなにいないけど、どこから連絡がくるかわかんないから、消しちゃった、と軽く口にすることではないだろう。



「けじめ。……って言っても幼稚かな」





 これしか思いつかなくて、と頭をぽりぽり掻いていた。

ほんの一握りしか名前の並んでいない、すっきりとしたアドレス帳を、彼の横で見て、この人は、同じ部署の人、とかこの人は後輩、とか、全部全部、丁寧に教えてくれた。



「もっと早くこうするべきだったね、ごめん」





 そうやって、彼の話を聞いていると、アドレス帳には「下咲瑞樹」の名前がしっかりと残っていた。