と、綺麗にピンクの口紅で整えられた唇から、物騒な言葉が飛び出て来て、すみません! と膝に頭がつくんじゃないかと思うくらいに、頭をペコペコ下げていた。

言葉には気をつけようね、と必死に目で合図すると、こくこくと小さく頭を上下させていた。





 繁忙期を乗り越えた直後は、割と早い時間に帰ることができる。



明るいうちにというのは叶わぬ夢だけど、飲みに行っても、終電の時間で悩むことはない。

いい日だな、なんて上機嫌で帰り支度をしていると、ブラインドの開いた窓から、数十分前には朧げに浮かんだ月は、くっきりと夜空を彩って、帰りは歩いて帰ろうかな、なんて呑気に思っていた。








「ごめんなさい、待ちました? ……て、あれ?」



 先に下で待ってます、と言っていた2人は、てっきりエントランスにある、待合スペースの椅子に腰かけているものと思っていた。




この時間は、既に受付のお姉さんもいなくて、エントランスには人気がない。

辺りをきょろきょろ見回しても、2人の姿を見つけられなくて、とりあえず外に出た。



エントランスから死角になっているところに人影を見つけたけれど、その影は同行する人数をオーバーしていて、あれ、と疑問に思った。






「相田さーん、中島くーん?」



 声をかけてみると、重なっていた影が散らばって、思いもよらぬ人が佇んでいた。




「お二人とも、すみません。それじゃ、百合子ちゃん借りていきます」




 ずんずん近づいてくる蒼佑くんを見て目を疑う。



そういえば、お昼から携帯を確認してなかったけれど、連絡なんてなかったよね、と足りない頭で考えた。

目をぱちくりとさせても我関せず。



百合子ちゃん、と手を取る蒼佑くんを尻目に、中島くんがいつしかのあの時みたいに謀ったのかと思って、「えっ、中島くん?」と後輩の様子を窺った。

きゃー、と嬉しそうに口元を手で覆って、ピョンピョン飛び跳ねそうな相田さんとは対照に、驚きを隠せないようで、大きな目が零れそうなくらい見開いていた。





 失礼します、と同僚に会釈をする蒼佑くんに、やっとの思いで出た言葉が、「あ、髪、切ったんだね」なんて今は言う必要のない、どこぞの番組の司会みたいな言葉が出てきて、自分の狼狽えようがまざまざと突き刺さる。