先ほど別れたばかりの相田さんが、血相を変えて駆け寄ってくるのが見えた。

受け付けの綺麗なお姉さんや、歳を重ねた守衛さんまで飛び出してくる。



「大丈夫ですか!?」



 微動だにしない私をよそに、周りの大人たちがわさわさと動き出す。つう、と頬に伝う生温い暖かさを感じて、ようやく頭が回り始める。

恐る恐る手を当ててみると、赤い液体が指を染めた。

 



騒ぎを聞きつけた同僚たちが次々と集まる。

ヒステリックに髪を振り乱す恵美が、何人かに宥められている様子が目に入った。



「救急車、呼びますか!?」



 いつの間にかエントランスに降りてきていた中島くんに声を掛けられる。その隣で、心配そうに目尻を下げた相田さんが視線を合わせてくる。



「……や、大丈夫です」



 手のひらで左頬を覆う。ぴりりと染みるような痛みが、傷をつけていることを示していた。



「大丈夫かどうかは、医者に判断してもらえ。今日はもう帰ったほうがいい」



 打ち合わせから帰ってきた編集長が、落ち着きはらって指示を促す。気づけば自分を取り囲んで、大勢の野次馬が沸いていた。

いつか見た、バラエティロケを見ようと賑わう観衆みたいだった。







 近くの病院までは、正直歩いていくのに十分な距離だった。

しかし、安全を期して、徒歩20分もかからない距離を、タクシーで向かっていた。中島くんという付き添い兼、護衛付き。





 あれから社内は騒然としていた。

エントランスはざわざわと、自分が病院に向かうまで、一向に鎮まることはなかった。



編集長と、営業局やら人事の人やらの偉い人たちが集まって、腕を組みながら渋い顔をしていた。

恵美の会社の結城さんが、編集長たちのもとへ駆け寄って、ペコペコと深く頭を下げていた。





「佐伯さん、大丈夫っすか……」



 目がうるうるとしていて、まるでチワワみたいだな、とくすりと笑った。



「なんで中島くんがそんな顔してんの」