彼の家には入ったこともなければ、ご家族にお会いしたこともないけれど、車で家の前まで連れていかれて「ここ、おれんち」と言われたときには目を丸くした。

まさか入らないよね、としきりに自分の服装を気にしだした私を見て、「今度は中に入る準備してね」と笑われたことがある。



家族の写真も携帯で何度か見せてくれたし、弟さんは家族の中で一番連絡を取り合っているみたいで、ときどき画面の端々から見える「で?」とか「うん」とか「了解」とか、そんな淡泊なやりとりが印象的ですぐに弟さんのことを憶えた。



そうして彼に関する情報が更新されるたび、「おれにも教えて」とよくねだられた。

それがこうして、家に連れていく、ということに繋がったのだった。









 新幹線で移動して、本来ならば大きな駅から地元の駅まで在来線の接続を使って移動するけれど、その日は天候に恵まれず、強風・波浪警報が出ていて、在来線が運行休止になっていた。



「そんなに風強くないような気がするけど……」

「ここはね。実家のほうは沿岸沿いだから、すぐ強風とかで止まるんだよね」



 崖みたいなところに電車走ってるから、と代わりにレンタカーを借りた。

私の運転でしばらく走って、実家の前を通り過ぎて。

観光名所なんて近くにないから、見るところもなくて、通っていた学校の近くを通ったり、実家の田んぼや畑に寄ったりした。




 女の人に運転してもらったの初めてだ、とぽつりと呟いていた。

のどかないいところだね、隠居するならこんなところがいいよね、なんて言うものだから、つい「……蒼佑くん死なないよね?」と聞いた。

いつしかと同じようなことを口にして、「おれまだ死にたくないよ」とデジャヴみたいな会話を交わしたけれど、力なく笑うから、本当に死ぬんじゃないかと心配した。




東京に戻ってから、何か病気を隠しているのではないかと思って問い詰めたけど、春に会社で受診した健康診断の結果を見せてくれた。

健康そのもので、心から安堵したのを覚えている。




なんだか目の前から彼が消えてしまいそうで、その日はいつもとは逆に、私が蒼佑くんを抱きしめて寝た。