【第二章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を

 ――九条は遥か遠い昔を思い返していた。
 柔らかな木漏れ日の下、優しい花の香と小鳥の声が漂うこの王宮の庭にふたりは立っていた。
 
 漆黒の青年の紫水晶(アメジスト)色の瞳に映るのは、気高く慈愛に満ちた眼差しでこの世界を支えている<初代王>の姿がある。
 聖なる光を纏い、自然と跪いてしまうほどに神々しいその後ろ姿を九条はいつも眩しそうに見つめている。時折、振り返ってこちらを見つめる優し気な瞳と声に、九条もまた穏やかに微笑んで――。

 幾千の夜を越え、人類の誕生を迎えたある日――
 <初代王>の祈りと共に降り注いだ祝福の光。天や海、大地を鎮めたあの強大な力が再び世界を覆う。
 誕生した人間に適合するようあらゆるものが創り替えられていく。降り注ぐ日の光の悪影響から生物を守るための結界や空気の成分に至るまでが新たに構築され、弱い人間のために再び浄化された大地は輝きを増していく。

 世界を創り変えてしまうほどの<初代王>の偉大な力を幾度となく目にしていた九条は、わずか数千年の後にこの世界が大きく変わってしまうことなど予想もしていなかった。
 この御方がこの世界の王である限り、穏やかな時は永劫に続くと信じてやまなかったのだ。

 ――そんなある日。
 <初代王>は振り返ることもせず、九条が背後に控えていることをわかっているようにその唇は緩やかな弧を描いて言葉を紡いだ。

『――――』

『……なぜですっ!? 人の体を得るなど愚かなことをっ……!』
 
 九条は自分が知っている<初代王>とは似ても似つかない存在になろうとしていることに強い衝撃を受けていた。

『――――?』

 言葉を受けた<初代王>は、彼の驚きを他所にそんなに変わることはない、何か不満でもあるのかと言っているようだ。

『貴方様の存在そのものを変えるべきではないと言っているのですっ!!』

 まだ感情が豊かであったこの頃の九条は我慢ならぬといった様子で<初代王>に己の想いをこれでもかとぶつけていた――。


 ……一際激しい雷鳴が轟くと、ゆっくり瞼を開いた漆黒の青年は口惜しそうに顔を歪めて宙を見つめる。
 先程までとはまるで違う暗転した世界に、こちらが現実であることを一瞬にして悟った彼はひとつの気配に気付いて視線を投げる。

「お前の感情が読み取れる日が来るとはな」

 高く髪を結い、脇に刀を差した和の装いの青年の名は大和。一国を瞬く間に壊滅させるほどの力を持ち、永劫に近い時を生きることを許された数少ない人間のひとりだ。実力で言えば九条の次に位置づけられ、絶命したひとりの女性を今なお想い続けている。
 通りがかった彼は足を止めて物珍しそうにこちらを眺めていた。

「……取り戻せない日々を思い出していた」

「お前だけが知る<初代王>との思い出か」

 多くを語らない九条から<初代王>の話を聞き出すのは困難だったため、誰もが追及することをもはや諦めている。
 だが、この日の彼はいつもと違った。

「<初代王>は常に正しかったが……唯一誤った選択をされた結果が今のこの世界だ」

「……<初代王>の選択がこの世界の行く末を変えたとでも言うのか……?」 

「……」

 やはり返ってくる言葉など無いだろうと、大和が歩みだそうとしたとき九条の重い口が開いた。

「そうだ。あの御方を越える王など現れはしない。仙水とて現状維持が精一杯だ」





(――そして、<初代王>を止められなかった私の罪――)