祐二は、駆が初めて恋の相談を持ちかけてきたときのことを、思い出す。


それは、四月の中頃の、放課後の教室だった。

「祐二、俺、好きな子できたんだけど」

普段から口数の多いほうではない駆が、唐突にそんなことを言い出したものだから、祐二は椅子から転げ落ちそうになった。

「お、お前に好きな子!?だ、だだ誰だ!矢田か?佐藤か?」

矢田も佐藤も、男子の間では人気の美少女だ。

だが、駆は首を横に振った。

「沢井 美空。どうせ知らねぇだろ」

「……あぁ、知らんな」

首を傾げる祐二を見て、駆はふっと笑う。

「特進の子なんだ。進学の俺らは、普通は関わんねぇもんな」

それじゃあ俺が知るわけねぇだろ、と、祐二は心で悪態をつく。



彼らが通う秋月高校には、三つのコースがある。

交換留学やホームステイのカリキュラムが組まれた、国際コース。

文武両道を謳いつつ、実際は部活に専念する生徒が多い、進学コース。

そして、付属中学から持ち上がりの生徒が大半の、特進コース。

駆と祐二が所属する進学コースは、一番生徒が多い。

同じコースの生徒でさえ全員は知らないのに、他コースの生徒まで、詳しく知るはずもないのだ。



「じゃ、その美空ちゃんと、何処で知り合ったんだよ?」

駆は、気安く自分の想い人を『ちゃん付け』で呼ぶ親友に、一瞬顔をしかめた。

しかしすぐに、いつもの表情を浮かべる。

「予備校だよ。ほら、駅前の」

「あぁ、お前、あそこ通ってたんだったな」

頷く駆は、小恥ずかしそうにはにかんでいた。

___心底惚れてるな、こりゃあ。

幸せな気持ちを抑えきれていない駆に、祐二は苦笑する。

「おい、ニヤニヤすんなよ、きもいぞ!」

「ニヤニヤしてねぇよ!」

反論する駆は、やっぱり笑顔だった。