卒業式から一週間。修吾と深雪のデート内容も気になるが、なによりあの謎の半年間の真相が気になっている。あの日、連絡をすると言った修吾からは音沙汰もなく、その点も気に病む。
 さりとて、こちらから修吾や深雪に対して連絡を取るのはプライドが許さない。来たる高校生活に備えつつも、直美の心はもやもやしている。
 雄大にも連絡はないようで、電話を掛けても全く通じないと心配していた。
(今度は修吾が音信不通。意味が分からない)
 雄大の推測では、引越とか仕事の関係で忙しいのではないかと言っていたが、それでも電話自体通じないのはおかしい。今になって、音信不通で元気のなかった当時の修吾の気持ちが理解できる。
 三人で仲良く撮った写真を見つめながら、こんなふうに並んで笑えることがもう無いんじゃないかと思う。昼食を食べ終え、朝ドラの再放送を見ながらぼんやりしているさなか、携帯電話の着信音が現実に引き戻す。修吾からかと期待しながらディスプレイを確認するも、そこには雄大の名前が表示されている。
「もしもし」
「もしもし、今電話大丈夫?」
「ええ」
「修吾と会ったよ」
 その台詞に直美の頭はしゃきっとする。
「詳しくお願い!」
「あ~、えっと、直接話したいから会わない?」
「貴方が会いたいだけでしょ?」
「うん、それは否定しないよ」
 修吾の事情を聞きたい直美としては、雄大の誘いを無下にも出来ない。
「じゃあ、近所の白鳥公園で会いましょう。どうせ貴方のことだから、もう公園に居るんでしょ?」
「さっすが直美ちゃん、名推理」
「直美ちゃん呼ぶな。今から行く」
 荒々しく電話を切ると、ちゃんと化粧をして公園へ向かう。修吾を想う気持ちは強くありながらも、雄大への想いも大きくなっていることは認識している。このまま雄大と過ごす時間が増えれば増える程、修吾への想いが薄まって行くのは間違いない。
 複雑な気持ちで公園へ向かうと、雄大がベンチから手を振っている。
(ぱっと見はチャラ男なんだけどね)
 野球部を卒業してからは髪も伸び、どこから見ても軟派なチャラ男と化していた。
「こんにちは、今日も綺麗だね、直美ちゃん」
「こんにちは、今度直美ちゃん言ったら殴る」
 直美の台詞を笑顔で流すと、雄大は修吾との話しを切り出す。
「早速だけど、さっき修吾と会ってきた」
「よく会えたね? どこに居たの?」
 ベンチに座りながら直美は驚く。昨日までの調べでは、伯母宅にも就職先の社宅にもおらず、使っていた携帯電話も解約されていた。
「同じ系列会社の建設現場。普通に県内に居たよ」
「そうなんだ」
「修吾が口止めしてたらしくて、会社の人から聞き出すの大変だったよ」
「お手数かけたわね」
「いやいや、可愛い直美ちゃ……、川合さんのためなんで余裕です」
 握りこぶしを見て名前を言い直す。
「で、修吾のヤツどんな言い訳してた?」
「う~ん、全部聞く?」
「えっ? どういう意味?」
「俺的には、川合さんは聞かない方が良いって判断。修吾も話したくない、というか話せる精神状態でなかったから、何も言わずに去ったんだと思う」
 雄大の思わせぶりな台詞に直美も聞くのをためらう。
「そんなに大変なことなの?」
「うん、大変。冗談じゃなく」
 雄大の顔つきからして、言っていることに間違いはないのだろう。けれど何も知らない今のまま、ずっと生きて行くなんてことも絶対に出来ない。
「聞くわ。話して」
 直美の真剣な目を見て雄大も困る。
「正直、話したくないんだ。でも、川合さんの聞きたい気持ちも痛いほど分かる。そして、話すと川合さんが酷く傷つくこともね」
「私は大丈夫、そんなに弱くないから」
「それは違う。川合さんが強いのは自分自身についてだ。例えば、修吾の激しく傷ついた心を想像したとき、君は耐えられる? 君は他人の痛みを自分の痛みのように感じ取れる優しさが良いところでもあり、弱点なんだよ」
 雄大の的確な判断にぐうの音も出ない。一方、自分以上に自分のことを理解してくれるのが嬉しくもある。
「でも……、今の状態じゃ私は前に進めない。自分自身の痛みだけでなく修吾のことも含め、ちゃんと事実を受け止めたい」
「分かった、話すよ。でも話すことについて、二つ条件あるけどいい? あっ、これは俺からの条件じゃなく、修吾から言われた条件だから勘違いしないで」
「条件って何?」
「深雪さんを恨まない。修吾には会わない。この二点」
(な、なんなの? それ?)
「それって、私の初恋の終わりを意味してるんだけど?」
「知ってる。でも話を聞くと自然とそうなるし、深雪さんを恨むと思う。だから修吾は条件を付けたんだ。二番目の条件は会わないというより、真相を知られた川合さんに会いたくないと言ったところだろうね。そっとしといてほしいんだと思う」
(聞かないと前に進めない。でも聞いたら全ての関係も終わる。しかも私が深雪さんを恨む。つまりそれは深雪さんの行いによって修吾が激しく傷ついたってこと……)
「逆説的に考えると、話を聞いていない今なら、修吾は私にも会ってくれるってことね?」
「うん、会ってくれると思うよ。でも、仮に会ってどうする? 深雪さんとのことは聞けないよ。聞いたら終わりだからね」
(そうだ、どちらにしても真相が聞けない。聞いたら修吾はもう会わないと言うだろう。そして、恨みを持つ私は深雪さんにも会おうと思わなくなる。谷口がさっき言いたくないって言ったのは、きっと優しさからなんだ。谷口の立場からしたら話すことによって、私と修吾の繋がりが無くなる方がいいのに。聞いたら初恋が終わる……でも、知らないと前にす進めない。私はどうしたらいいの……)
 長い沈黙を破り、修吾の想いと雄大の想いをよく考え直美は結論を出す。
「話して」
「本当にいいの?」
 直美は無言で頷く。その目に宿る覚悟を感じ取り雄大も覚悟を決める。
「深雪さん、男が居たんだよ」
 その一言だけで、直美は聞くと決断したことを後悔しそうになる。直美の表情を見て雄大はもう一度だけ問う。
「本当に聞く?」
「もう、後戻り出来ない……」
「分かったよ。えっと、つまり二股ってヤツかな。修吾は遊ばれてたんだ」
(信じられない! あの深雪さんが)
「で、会えなかった理由はその男との間に子供が出来たから」
「ちょっと! 本当に?」
「最後まで聞くんだろ?」
 雄大の台詞に黙り込む。
「妊娠してからすったもんだあって、結局結婚することにしたらしい。よくあるデキ婚ってやつだな」
 あまりの衝撃に直美も顔が青くなる。雄大もその表情に心を痛めるが、一気に全てを話す決意をする。
「卒業祝いにデートって言ってたらしいけど、実際は別れを言うためのデートだったらしい。深雪さん本人から直接、妊娠やら結婚とか聞いた修吾の心がどうなったかは想像も出来ない」
(修吾……)
「しかもアイツ、その日、深雪さんにプロポーズしようと、アルバイトで貯めた金で指輪を買って用意してたらしい……」
「やめて!」
 直美は我慢出来ず話を遮る。手をぶるぶると震わせる姿を見て雄大は口を閉じる。
「やめて……、もう、いい……聞きたくない……」
 動揺を隠し切れないその様子に雄大も掛ける言葉がない。手で顔を隠しているが、直美の目からは涙が溢れている。
(そんな、こんなのあんまりだ! ずっと深雪さんを生き甲斐にして耐えてきた修吾を、そんなふうに振るなんて。あの人、絶対許せない!)
 ベンチを立ち上がり、目つきの変わる直美を見て雄大が制止する。
「直美! 約束を守れよ!」
 突然呼び捨てにされ、直美はビクッとなる。
「修吾の気持ちを汲んでやれ。本当に好きな人には幸せになってもらいたい、アイツ、口癖のように言ってたよ。直美には、深雪さんの幸せを望まないまでも、修吾が愛した人を恨んでほしくないんだ。オマエなら分かるだろ?」
(分かる。分かるけど……これじゃ修吾が辛すぎる……)
「俺たちじゃ、何も出来ないよ。それくらい修吾の傷は深すぎる。今は修吾の望むようにするしかない」
 全てを悟る雄大に直美も反論出来ない。
(私の初恋は、今終わった……)
 何も言えずただじっと立ちすくむ直美を見て雄大は後ろから抱きしめる。
「今回は回し蹴り無しだね」
 雄大が冗談っぽく言うと直美は両手を素早く払いのけ、正面からみぞおちを殴る。手加減して殴ってはいるものの、アバラに入ったヒビも完治してない雄大にとっては致命傷だ。前のめりに倒れそうになる雄大を両手で抱きしめ、直美は涙声で言う。
「直美って呼んだら、殴るって言った……」
「そ、そうでした、すんません……」
「今度からは、なおちゃんって呼んで」
「えっ?」
「付き合ってあげる。今日から貴方の彼女になる」
 雄大はその言葉に喜ぼうとするも、腹周りの激痛でまともに立っていられない。
(ありがとう、修吾。ありがとう、深雪さん。ありがとう、谷口、私は前に進みます……)
 腹を抱えたまま情けなく倒れかかる雄大の体温を感じながら、今までの全ての出会い全ての想いに、何度も何度も感謝した。