あの春、君と出逢ったこと





栞莉の手を握りしめたまま、そう呟く。

カチ…カチ…と。

ピッ…ピッ…と。

俺が話さなくなった事で、静寂に包まれた病室内に、機械と時計の音が響く。



経験するとは思わなかった。
こんな、状況。




誰か大切な人が目をつぶり、俺だけが起きていて。



静寂の中、1人で涙を流すなんて。
でもそれは、今の俺の状況、そのままだ。



もしかすると、感じていたのかもしれない。

経験するとは思わなかった世界は、いずれ経験してしまう世界である、と。


受け止めきれない現実を、受け止めなければいけない日が来る事を。




さっきまで普通に笑っていたクセに、俺に何も言わないで死ぬなんて、そんなの、許せるわけがない。





未だ目を覚まさない彼女の名前を呼ぶ。

柄にもなく、涙を流しながら。


『……栞莉…』



瞼が、重くなっていくのを感じ、そのまま俺は、栞莉の手を握りしめたまま。

瞼を下ろしていった。