「失礼ですが、あなたは?」
女はきょとん、としてから、あぁ!と思い出したように笑った。
「ごめんなさい、自己紹介もしてなかったわね。私は花京院 美琴、この家の長女よ」
長女…?
ってことは…。
「私はあの堅物眼鏡の姉よ」
嘘だろ?
正妻との間にもう1人子供がいたのか。
「今朝日本に帰ってきてね。私、妹が欲しかったから、ずっと会いたかったのよ」
お土産もたくさんあるのよ、と嬉しそうに笑うその様子は、とても嘘をついているように思えない。
「美琴様、失礼致しました。私は亜美様のボディーガード兼世話係の東雲綾都と申します」
「美琴様なんて、堅苦しい呼び方しなくていいわ。美琴さんって呼んで?綾都くん」
…すげぇ気さくな人だな。
あの嫌気しかしない3人と同じ花京院家の人だとは思えない。
そんな俺の思考を読んだかのように、美琴さんが申し訳なさそうに言う。
「ごめんなさい、あの人達といるのは辛かったでしょう?私がもっと早く帰国できていれば…」
そう言って、まだ俺の背に隠れたままだった亜美の頬を優しく撫でた。
…この人の目に、嘘の色は見えない。
本当に亜美を心配してたのか。
「私ね、実の家族だけど、あの3人が大っっ嫌いなの。
自分達がやることは全て正しいとでも言うかのような、あの上から目線の態度も、人の気持ちも考えない物言いも、何もかも全てね」
…同感。
「だから私、この家を出てやったわ」
ふんっと怒ったように言い放つ美琴さん。
……は?
で、出た!!?
「自分でアパレル会社設立したの。祖父の言いなりにもなりたくないし、近くにもいたくなかったから。
もう2度とこの家の敷地をまたぐ気はなかったんだけど…妹が来るって知ったら、居ても立っても居られなくて」
そう言って美琴さんは、亜美を優しく引き寄せて抱きしめた。
まるで、大切なものを壊してしまわないようにと、優しく抱きしめたんだ。
「亜美、あなたは決して1人じゃない。綾都くんも、私も側にいるわ。だから笑って?泣いたっていいの。
辛いって、誰かに縋ってもいいのよ。
だってそれが、生きてるっていうことなんだから。
お婆様はきっと、亜美にそうやって生きて欲しかったのよ」
亜美は泣いてた。
初めて、俺以外の人の前で。
長い苦しみから解放されたかのように、亜美は美琴さんにしがみついて泣いたんだ。
俺じゃここまで亜美の心を救えなかった。
少し悔しい気もするけど…。
良かったな、亜美。



