「あのう、先輩?」



「あっ…ボク、じゃない俺、忘れ物しちゃって…」



「でも、今日の授業は午後からじゃないんですか?」



さすがるりちゃん。ちゃんと知ってるんだね。



「でもさっ、たまには朝ひとりでやるのもいいもんだよ。教室が開いてなかったら、芝生の上でも眠れるし…」



シドロモドロになってる。ボク、何言ってんの?



「そ、そうですか…?」


まずいっ…。


るりちゃんがボクを怪訝そうに見てる。



これじゃだめだ。こんなの雅樹先輩じゃないよ。



「沢本サン、バンドエイド持ってるかな」




カッコよく決めたいのに


こんなことしか言えなかった。あー、ボクってダメな鳥。




「どこかケガでもしたんですか?」



うまい具合に、雅樹先輩の右ひじが少し傷ついていた。るりちゃんはそれを見て、



「あ…痛そう。ちょっと待っててくださいね」



カバンの中からバンドエイドを取り出すと…心配そうに、ひじの手当てをしてくれた。



「ありがとう…」



ボクは、しばらく鳥であることを忘れて



じっとるりちゃんを見つめていた。




いとおしくて、切なくて……。



くすぐったいようなこの想いは、鳥の姿だとしても今なら変わらないだろう。



「はい、もう大丈夫ですよ…」


ふと、るりちゃんがボクを見た。その時二人の目と目が合って、ボクは――――ついに言ってしまったんだ。


「好きだ……」



「えっ―――」


「すっ…好きなんだ!」


真っ赤になってうつ向いた、るりちゃんの顔を一生懸命に見てた。



ボクまで、ドキドキが伝わって……。



胸が高鳴る。生まれて初めての気持ちだった。



朝一番の告白。とても昔のような気がする、懐かしい道の上で。





ボクは毎日のようにるりちゃんと会った。



大学の授業がない日に約束して、一緒にお茶を飲んで映画を観る。



そんなごく普通のことや、朝二人で学校に行くだけのことが最高のデートだった。



七月。爽やかな初夏の光の中で、ボクはもっと彼女を好きになっていったんだ。


でも、ボクは大学になんか行ってなかった。



雅樹先輩の、授業がなくてボクと遊んでくれてた曜日のスケジュールを知ってるから、その日に合わせてるりちゃんと会ってたんだけど…。



ボクは、るりちゃんといることがすごく切なく思えてきた。



だんだん、辛いとさえ感じるようになったんだ。それは、るりちゃんの幸せそうな瞳がボクではなくて雅樹先輩を見ているから。



るりちゃんの好きな人は雅樹先輩で、ボクはそれを知ってて彼の姿を借りた。



でも、るりちゃんが好きなのはボクじゃない。雅樹先輩の姿でいるボクだ。ボクだって、るりちゃんのことが好きなのに───。