百回を超えたあたりから、俺は思考を放棄した。
 染み付いた惰性で返事をして、突撃をして、敵が照準に入ったら引き金を引いて、敵の弾丸に頭を貫かれて死ぬ。
 ただそれだけの事だ。
 感情も、痛みを感じる体も、もうとっくに意識から切り離せるようになった。
「アストロさん、警報、止めないんですか?」
 声を掛けられて、はっとして俺は顔を上げる。クィーザが俺の顔を覗き込んでいた。
「こんな所で、どうしたんですか?」
 そう言われ、俺は改めて自分の状況を思い出した。ふらふらと歩いていたらブーツの靴紐が緩んで、それを踏んで転んで―――そのまま、床に倒れていたんだった。
「びっくりしました、倒れているから……」
「……クィーザ……」
「もうすぐ九時半ですよ。本部との通信が在るんじゃないですか?」
 心配するようなクィーザの顔を、綺麗だ、と素直に思った。
 もう何度目の今日なのかは分からないが、こうして近距離でクィーザの顔を見るのは、恐らく初めてだろう。
 のろのろと体を起こして、壁に背を預けて座り込む。立ち上がるのすら最早億劫だった。どうせ突撃して死ぬと分かっているのに、今更何をするつもりもない。本部に説教を受けるのも面倒だから、淡々と繰り返しているだけだ。
「アストロさん、本当に、大丈夫ですか?」
 近付いたクィーザの、妙に白い頬が目に眩しい。眼鏡の奥の双眸は心配そうな色を帯びている。小さく形の良い唇と頬は、綺麗な桃色だ。
「大丈夫だ……なあ、クィーザ」
「はい?」
「……ちょっと、話が在るんだが」
 そう言うと、クィーザの肩が僅かに強張った。
「えっと……私、この後数人の兵士の人に呼び出されているんですけど」
 ああ、それで突撃の集合に遅れたのか。
「……じゃあ、その後で良い……」
「あ、じゃあ、その、一緒に来てくれますか?」
 クィーザは俺の前に座り、上目遣いでそんなことを言った。女みたいな顔で女みたいな仕草をするな。
「……別に、良いが」
「良かった」
 クィーザが笑う。立ち上がると、俺より少々背の低いクィーザは先に立って歩き出した。その道すがら、俺は、その華奢な肩が震えていることに気付く。
「クィーザ?」
「え? あ、はい?」
 クィーザは慌てたように振り返る。
「……何、泣いてるんだ」
「あ、いえ、えっと……えへへ、大丈夫です、ごめんなさい」
 そう取り繕ったクィーザに、俺は強烈な衝動を覚える。
 ああ、こいつが女だったら、襲っていたかも知れない。泣き顔、かわいすぎるだろ。これで男だということが信じられない。
「あの、実は私も、アストロさんに言わなければいけないことが在るんです」
 クィーザは涙を拭い、俺に向かい合った。
「……何だ?」
「信じて、貰えないかも知れないですけど」
 クィーザは俺を見上げ、哀しげに微笑む。
「私、この後アストロさんが死ぬこと、知っているんです」
 クィーザは、いつもの調子であっさりと、そんなことを言った。
「私が、この世界の時間を巻き戻したんです。だから何が起きるか全部知っているんです。これが百三十八回目の今日だと言う事も知っているんです。全部覚えているんです」
「……、」
 声が、出ない。クィーザの言葉は耳に届いている。だけど、理解ができない。
「でも本当は、それは許されないことで、だから、この戦場は世界から切り離されてしまって。私には、それを戻す力は無くて、だから――――」
 繕うようにそう言ったクィーザの胸倉を、気付いた時には掴んでいた。