「っ、」



呼吸をするのか精一杯に感じる、この時間。

危ない笑みを浮かべるカルラにアオは挑発的な笑みを返してはいるが、身体は動かなかった。

(気迫負けって…このことを言うわけね)


感じたくなかった体験ではあるが、それよりもこの状況をどうするか。
ハイドロなんかより、異質な気を纏ったグルーリーよりヤバいと感じた相手をどう説得すればいいのだろうか。
追い払うことなんてできるの?この状況で?

私と殺し合いたいと言う、この男をーーーー?





「アオ」



「ーーーあ、」




ポンっと、先程とは逆に肩を叩かれてから始めて、我に帰れたアオは目を見開いた。

(、どうやってーーー)

ゆっくりと隣に振り向くと、ギルが大丈夫だと言わんばかりにこちらを見つめていた。

あんな絶対的な圧迫感の中で、この青年は。
呆気なく名前を呼ぶだけで、その雰囲気をぶち壊したのである。



「…兄上、ここは引いてはくれませんか?」

「俺に口出しを?」

「強い者を好む性格は知っています。…が、ここは街の質屋の前。騒ぎを起こして困るのは、兄上だと思いますが?」

「周りは関係ない。俺は俺のやりたいことをする。刀の天才と言われた者を、俺は放ってはおかない」


ここまで自分のペースを崩さないとは。
ある意味天晴れである。

しかしここで闘い合ってしまったら、アオが唯心臓の保持者であると露見してしまう可能性の方が高い。

(ーーーっどうする、)




「眠い」


「………は?」


絶体絶命、と思っていたところで聞こえてきたのは、何とも間抜けな一言であった。
一気に雰囲気は逆転した。

声を発したのは勿論先程まで圧倒的な存在を知らしめていた男、カルラである。
………信じられないがもう一度言う、カルラである。


一番唖然としていたのは周りではなく、アオ張本人であった。



「え、な…」

「聞こえただろう。眠い。
今日はもう邸へ戻る」


究極のマイペース、……誰がこの男の空気を崩せようか。

散々振り回したくせに、何という自分勝手な男だ。カルラの後ろではフランクが肩を落としてショックを受けている、きっとこのマイペースさはいつもの事なのであろう。

気まぐれに付き合う方も大変なのね…。


何だこの展開、と思わず白けた目をしていたアオとカルラの目線がここで交わる。
ビクッと身体を一度揺らしたアオに、彼は薄い笑みを浮かべて言った。


「アオ、と言ったな。今度会った時はもっと闘い易い場を設けよう。
その時までーーその力、失われてくれるなよ」


「!!………さっすが、」



(心臓の保持者であると、気付かれてるってわけね)


カルラの言葉にフランクや他の部下たちが皆頭を傾げている中、彼は一人、フラッと踵を返していた。慌ててついていく集団の背中を見つめながら、あんな自由でこの国は大丈夫なのかと本気で心配をしてしまったのは許してほしい。