「いや……変な感じ、しなくなった。いきなり消えた」
「消えた?」
うん……とすっきりしない表情で爽太郎が頷く。
そこでやっと朱音を引き止めることを思い出したようで、
「で、でもだからって安全ってわけじゃないと思うから、朱音、ホントにやめとこうよ」
真面目にさとす爽太郎に、朱音は「でも、ほら」と前を指さしてみせた。
「もうここまで来ちゃったし」
行くか行かないかで揉めながら進むうちに、3人はいつの間にか林道の入り口までたどり着いてしまっていた。
今歩いて来た国道ほどの道幅はないが、それでも車2台がすれ違える程度の広さはあるアスファルトで舗装されたゆるい坂道が、山の中へと伸びている。
幾重にも濃く生い茂る木々のせいで、晴天の夏の午後だというのに山中は薄暗く、少し先でカーブする坂道はまるで森に飲まれるようにして山の奥へと消えていく。
日の射さないその道へ一歩踏み込むと、とたんに肌に感じる温度が下がった。
「……ずいぶん涼しいんだね」
日陰の心地よさというよりも、どこか湿った空気がどんよりと身体にまといついてくるような、あまり気分のよくない涼しさだ。
(だけど、そうちゃんは変な気配は消えたって言ってるし)
山の中なんて、奥森山に限らず薄暗くて湿っているものだろう。
朱音は自分をそう納得させると、視線をめぐらせた。
この道を入ったらすぐの場所に、朧月稲荷はあるはずだ。
(……あれかな?)
道脇の林のすきまから、その向こうにあるらしい何かの赤い色がチラリと見えている。
そちらへ続く細い小道が木々の間に作られているのを見つけ、朱音はその方向へ足を向けた。
「待って朱音」
朱音の行く手を阻むように、アユが小道の前に立った。
入ってはダメだ、と言われるのかと思ったが、どうやら違うらしい。


