つまり、目的地はもう目の前だ。
けれど朱音もアユも、爽太郎と共にそこに立ち止まった。
林道の方を見る彼の表情が、険しいものだったからだ。
「……何か視えるの?そうちゃん」
「え、なになに、まさかホントに近付いたらヤバイ場所だった……?」
アユがおそるおそる爽太郎の制服のシャツを掴む。
「八谷くん、ヤバそうなの?なんか言ってよ」
「いや……ヤバイっていうか……」
やっと口を開いた爽太郎は、困惑したように山を仰いだ。
「なんか変な感じが……。あの林道からか?でも山全体からも……。さっきまで何も感じなかったのに……」
「変な感じって?」
「うーん……山の中にたくさん人がいて、みんながいっせいに聞き取れない小さな声でしゃべってる感じ……?」
爽太郎の口調は真剣だ。
朱音とアユも彼にならうように山を見上げる。
2人の目に映るのは、先ほどまでと変わらないただの鬱蒼とした奥森山だ。
とくにおかしな気配というのも感じられない。
けれど、爽太郎はここに来てこんな風に人をからかおうとするような少年ではない。
彼がそう言うなら、それは「そういうこと」なのだ。
「……よし。帰ろう」
しばらく黙ったあと、きっぱりと告げたのはアユだった。
「八谷くんがヤバイって感じたら引き返す、って約束だったからね。祠が見れないのは残念だけど、山のフンイキはなんとなくわかったし。怖いことが起こる場所かはわかんないけど、『起こってもおかしくない場所らしい』ってことがわかったから、創作意欲湧かせるには充分だよ」
目的の場所を目指すのにも迷いのなかったアユは、目的地をあきらめるのにも迷いがなかった。
つきあってくれてありがとね、と朱音と爽太郎の肩を叩く。
「じゃあ、ヤバい場所からはさっさと退散して―――」
「私、行ってくるよ」
来た道を戻ろうと歩き出したアユの背中に、朱音はそう言葉を投げた。


