母親はやさしい目でこう言った。
「ママの人生の中で好きになった人は
 その人だけだからよ。
 ・・・彼には夢があった。
 ママもそれをとっても応援してたの。
 彼も、きっとずっと苦しんでた。
 だから、恨む気持ちは少しも
 なかった。」

母親は会えなかった時間もずっと
その人を愛していた。
そう言った。

そして彼はずっと結婚もせずに
生きてきた、と。
それは奈津への贖罪のためだと。
彼はそれほど、自分を責めて
生きてきたんだ、と。
そう付け加えた。

結婚しなければ許されるものでは
ない。でも、もしかしたら
誠実な人なのかもしれない。
彼もまた、母をとても
深く愛しているのかもしれない。
奈津はそう思った。
だが、すぐにはあ~そうですかとは
受け入れる気持ちにはなれない。
それが奈津の気持ちだった。

「奈津がいつか会ってみたいって
 思える日が来たら会いましょう」
そう言って、母親は話を終えた。