園姫の三男である、吉備書足は、七五一年に唐の国で生まれた。真備は七五一年には帰国した。帰国後の真備と園姫にも、次々と子女が生まれた。七五四年には、次女の藤姫が生誕されて半年も経つと、園姫は藤姫に手が掛からなくなったので、再び真備との夢多き日々を夢見た。藤姫が自分の手を離れたのである夜、園姫は寝所の褥の上で、うつ伏せに横になっていた。真備は園姫の背後から寝所に入って来ると、園姫の状態にはお構いなしに、園姫うつ伏せに寝ている上に、自身の身体を覆いかぶせるようにして、自分もうつ伏せの体勢になった。
 「今日に限って、随分とお気が早いのね?」
 園姫は、自身の体勢を素早く仰向けに直していた。
 「さっきの体勢では、お互いに一番やりたいことができないわ。それに、今日は考え事をしていたから、ああいう体勢でしたのよ。」
 園姫は、真備を下から見上げる体勢になって、もう一度言った。
 「貴女が、何を考えることがあるのです?」
 夜の時間を過ごす時に、真備も黙っているということは有り得なかった。
 「今日はまた随分と強気にお出になるのね。貴方にお願いしたいことがあったけれど、止めておいた方が良いのかしら?」
 真備は、園姫の肩に手を掛けた。園姫は、自身の肩に掛ってきた真備の手を軽くひいていった。
 「私たちが本当にやりたいのはこういうことでしょう?玄昉さんも、私がこうやってあげるのを、喜んでくれたわ。
でも、この体勢を作るのには、今日のあの最初の姿勢からは絶対に無理よ。どうして私に、体勢を立て直す時間さえ、今日は下さらなかったの?私は、娘の由利子のことをずっと考えていたわ。由利子は、もう十六歳になります。しかるべきところへ、嫁がせましょう。」
 真備は園姫の身体の中央部分を回し始めた。
 「由利子は、藤原房前様の孫に当たります。藤原氏北家の出身なら、皇室に嫁ぐのが筋です。でも今上天皇は、生憎女帝です。女帝となる内親王は、生涯独身を通すのが仕来りなので、今上天皇には、お子もできません。従って今は、嫁がせる親王もいません。由利子は、然るべき寺へ出家させるしかないでしょう。」
 「藤原氏の女君を出家させてしまうのですか?由利子はまだ十六歳ではありませんか。」
 「今のご時世で、身分の高い家の娘として生まれたら、もう出家しか取るべき道はありません。それに、生まれてすぐ、寺に預けられるしか生きる術を持たない者もいるのです。」
 「貴方は、私のことを軽蔑しているの?」
 園姫は、自ら自分の白装束を捨てた。しかし真備は、すぐには園姫の身体の中央部分を回さなかった。
 「私のことをちゃんと見て。」
 園姫は、甘えられるだけ真備に甘えようとしていたが、真備の自分に対する動きの鈍さに、園姫は満面の笑みが一転して、苛立ち始めていた。
 「貴女が、最初から私のことをちゃんと正座で迎えてくれていたら、私はもっと遊びやすかったんだけどな。」
 「ふざけないで!」
 園姫は、完全に怒っていた。
 「貴女は、私よりも、孝謙天皇と遊びたかったのでしょう?」
 「孝謙天皇は、生涯独身でお過ごしになる方です。どうして、私が触れたりできましょう。それに、孝謙天皇のご身体全体が清いのです。遊ぶなど、とんでもないことです。言葉を慎みなさい。」
 真備は、ここでやっと園姫の身体の中心部分を回し始めた。しかし園姫は今度は逆に、力強く真備に抵抗し始めた。
 「もう私に触らないでっ!」
 真備はよろけたが、すぐに体勢を立て直し、余裕のある様子で、園姫に近付いて来て言った。
 「貴女は自分の夫を拒んで、玄昉を受け入れるのか?」
 「玄昉さんは、とっくに亡くなっているではありませんか。貴方に殺されたのですよ。」
 「玄昉は、私が殺したのではない。あの者の人倫に触れる行いが、あの者自身を罰したのだ。」
 「まあ、何ということを…。
私が玄昉さんに身を任せるようになったのは、元はと言えば、貴方が言い名付けであった私に興味が持てなかったからでしょう?私が北方になってからも、私のことを捨て置いて、阿部内親王様を毎晩過ごされていたではありませんか?一緒に唐へ留学していた時も、その気になればいくらでも機会はあったのに、貴方は決して私に触れようとしなかったのですよ。毎晩、貴方が阿部内親王様のところから御下がりになって見えるのを、どういう気持ちで見守っていたか、どんなに私が淋しかったか、想像だけでもしようとしたことがありましたか?」
 「淋しくさえなれば、夫以外の殿方と関係を持ってよい、とお考えか?」
 「玄昉さんが、私を母親にしてくれた時でさえ、私の年齢は既に三十半ばを超えていたのですよ。男君にとっては、それほどでなくても、女君にとっては、子を成す年齢は非常に大切になるのですよ。藤姫を産んだばかりの今、私はもう五十二歳です。貴方が、私の事を、放っておく時間が長すぎた所為です。夫婦として、お互いの身体を楽しむ時間も、残り僅かしか残されていないのですよ。」
 「そんなことは、ありません。これからまだまだ楽しめます。貴女の身体から、弾力が失われない限り、私にも喜びと楽しみ、それに魂の安らぎを貴女が、与え続けて下さい。」
 真備は、もう一回園姫の身体の中央部分を回した。その夜、真備は今まで以上に園姫のことを深く知った。園姫は、すっかりと精気を吸い取られていた。
 その翌日、園姫は僅かにのこされた精気を奮い起こすようにして、父・藤原房前に会いにいった。
 「お父様。どうか、何とかして下さいませ。」
 「おお、園子よ。園子よ。一体どうしたのだ?」
 「お父様。真備様が、由利子を、嫁がせずに、寺に入れる、と言い出したのです。」
 「真備殿が、自分の娘を、寺に入れる、と申したのか?」
 「左様でございます。」
 藤原房前は、自分の娘の行ってきたことをよくは知っておらず、由利子と泉が、玄昉の子供だとは、夢にも思っていない。また、真備は、藤姫とは違って、自身の本当の娘ではない由利子を、普通に扱うことはできない故に、出家させる、と言ったのである。藤原房前は、少し考えてから、園姫に言った。
 「園子よ、今上天皇は女帝だ。今のご時世では、身分の高い家に生まれた女君が、嫁げる先などない。出家も、数多の学問を学べて、有意義なことがある。真備殿は、由利子の父親ではないか。由利子の身の振り方は、真備殿に任せれば、間違いはない。」
 園姫が、それ以上我儘を言い続けようものなら、玄昉との関係を、父・房前に白状する必要があった。園姫は泣く泣く、長女・由利子を出家させることに賛同した。園姫が立ち去っていくと、藤原房前は、傍仕えの家臣に言った。
 「園子が、この間産んだのは、姫だったな?」
 「はい。女君にございました。」
 「今日も園子は、少し具合悪げであった。さては、あの様子だと、園子はまた身籠ったかな?」
 「はい。恐らくは間違いはないかと。」
 「真備殿は、女君の扱いにも、慣れているようだな。良い殿方を、娘に貰えたな?」
 「はい。房前様は、流石藤原氏北家のご嫡男であります。」
 「まあ、冷やかすでない。由利子の剃髪式には、私も列席する必要があろうのう?」
 「はい。」
 七五四年十二月二十五日、奈良の法隆寺にて、玄昉と園姫との間に生まれた長女・由利子が出家するための、剃髪が行われた。年内に剃髪した由利子は、年明けと共に、法隆寺における尼修行に励む運びとなるのである。剃髪式前夜、吉備真備は、北方・園姫の身体の中央を、随分乱暴に扱っていた。そして盛んに、
 「今日は、どうなさった?玄昉とも、楽しめない日はあったのかな?」
などと話しかけては、園姫のことを揶揄ったあげく、
 「泉も、玄昉の子なら、法隆寺へ行かせるべきかな?」
などと虐めたりした。翌日の剃髪式では、園姫は前日の身体的な屈辱感と、娘の剃髪の悲しみのせいで、一日中泣き通しであった。吉備真備は、泉のことを寺に入れることこそ、取りやめたものの、毎日のように園姫には、身体的な屈辱感を与え続けた。そうしているうちに、七五六年には、四男・稲麻呂が、七五八年には、五男の真勝が誕生した。