仁姫もその後出産されたが、残念ながら女児であった。橘嶋田麻呂殿は、それ以来仁姫には触れなくなった。代わって嶋田麻呂殿は、徳川龍之介殿の一ノ君に、ある夜、夜這いをかけてしまわれた。嶋田麻呂殿は、もともとが好色なお人であった。七九一年、一ノ君は懐妊されたが、将又女児であった。一ノ君は、翌七九二年も懐妊されたが、再び女児であった。情欲を燃やす嶋田麻呂殿の耳に、龍之介殿の二ノ君がこの年十五歳になられた、との噂が飛び込んできた。自分に与えられる子宝が女児ばかりであることにうんざりしていた嶋田麻呂殿は、ついに二ノ君とも関係をもった。折しも、榎本家では、英樹殿の太郎君が五歳となり、英則殿、と名付けられて、藤原緒継殿によるご養育が始まっていた。また、同じ七九二年に、十七歳となった英樹殿の二ノ君・小夏の上が、橘嶋田麻呂殿の弟君であられる清友殿の下に嫁いで行かれた。更に、この同年、藤姫の母・園姫が他界した。九十歳であった。小夏の上が嫁いだ直後のことであった。藤姫にとっては、あまりにも衝撃が大き過ぎた。園姫は、亡くなるまで、宮中で身分の高い家柄の姫君たちに、琴を伝授する役割にあったが、園姫が他界した後は、宮中の姫君たちの養育係たちのことは、暫くは桓武天皇の后・慶子皇后が束ねられていた。藤姫も、慶子皇后が束ねる養育係のうちの一人として、活躍の真っ最中であった。
徳川龍之介殿は、ご自身の大切な姫君が二人も、橘嶋田麻呂殿の餌食になってしまったことを、大層お嘆きになった。龍之介殿には、まだ幼い姫君が二人おいでになったが、このお二人の養育を思慮深く行いたい、と龍之介殿は、お考えになるようになった。実は、榎本英樹殿も、三ノ君以下は、まだ嫁いでおらず、四ノ君・智姫と五ノ君・信姫は、年の頃が、ほぼ龍之介殿の、三ノ君と四ノ君と同じであった。龍之介殿は、ご自分の二人の姫君を、英樹殿の姫君たちと一緒にご養育頂きたい旨を、英樹殿にお申し出になった。英樹殿は、快くお受けになった。龍之介殿の三ノ君と四ノ君は、英樹殿の三人の姫君たちと一緒に、皇后慶子様の養育を受けるようになった。その後少しして、龍之介殿の次郎君の龍二殿が、満田亀造殿の二ノ君・蘭子殿を娶られた。こちらも、仲睦まじいご夫婦となった。
七九三年、藤姫はついに、三郎君をお生みになった。同年、藤姫の三ノ君・礼子殿は、橘安麻呂殿に嫁いで行かれた。榎本英樹殿は、北の方である藤姫が、八人目のお子を出産されて、なおお美しくなっていかれるのをご覧になって、何とも言えない誇らしさを感じておられた。英則殿は、もうかなり読み書きがよくおできになる。幸福の絶頂にあると思われた、藤姫には、どうにも気懸りなことがおありになった。一ノ君・仁姫のことであった。仁姫は、若君を失った後、姫君をお一人設けておられたが、三歳となっていた。橘嶋田麻呂殿は、この姫君には目もくれない。仁姫は、既に何度も嶋田麻呂殿に文を送っていたが、なしのつぶてであった。悲嘆にくれるご息女のことがご心配な藤姫は、ご自身が出産された三郎君が、首の座るご年齢になると、三郎君をお抱きになっては、仁姫のお住まいをお訪ねになった。
「あなたの産んだ姫と、この三郎君は、あなたのお子として育てるのです。」
「…。」
藤姫殿は、ご自身の息女である仁姫を、何とか慰めようとしていたが、自分のことを心配して訪れた母君をみると、七八七年、夜自分の住まいの近くに迷い込んできた橘嶋田麻呂殿ことを思い出されては、楽しかった筈の思い出が、涙に変わっていくのが、悲しくてならなかった。それでも、藤姫は仁姫に言った。
「明日、皇后陛下様もご一緒に、三人で歌を詠みましょう。」
「…。」
ご自身の息女が、返事をなさらないのを悲しみながら、藤姫はその日は仁姫の元を去って、慶子皇后陛下様の下へ行かれた。
「皇后陛下様。仁姫は、私とは話をしてくれません。」
「今は、そっとしておいてあげましょう。」
「皇后陛下様、明日、私と一緒に、仁姫のところへ行っては頂けないでしょうか?」
「明日ですか?」
「はい。いけないでしょうか?
仁姫と一緒に、歌を詠んであげたいのです。そうしてあげれば、仁姫の心が晴れましょう。」
「今の仁姫に、歌が詠めると思うのですか?」
「歌は、気持ちの晴れない時にこそ、詠むものではないでしょうか?」
慶子皇后は、翌日藤姫とご一緒に、仁姫の邸を訪れた。慶子様は、薄い山吹色の十二単を纏われていた。藤姫殿は、水色の十二単であった。仁姫は、浅葱色の十二単を纏っていたが、元気のない様子であった。
捨てられし
葉に付く虫の
寂しさを
誰に言うべき
憐れのみある
(葉っぱに付いた虫のように、寂しさのみ思い出される日々です。)
寂しさは
誰にでもあり
本来は
皆で話して
なきものとかは
(寂しいのは、あなた一人だけではありません。寂しさも皆で味わうものです。)
葉につきし
虫の音秋は
風情あり
一人でもあり
一人でもなし
(葉に虫が付いているのは、本来風情の感じられるものです。葉に付く虫も、秋になれば、風情を感じさせます。)
慶子皇后、藤姫、仁姫の三人で、和歌をお詠むになった後は、同じ順序で、筝の琴をお弾きになった。三人でそれぞれ違う曲をお引きになったが、やはり一番お上手なのは、今年六十一歳となられた慶子皇后陛下様であった。お三方が、琴を弾き終えると、仁姫は溜息をつきながら言われた。
「虫でさえ、縋り付く葉っぱがあるのに、夫だと思ったお人から捨てられた私には、縋り付ける木葉さえありません。生きていて、何の価値がありましょうか?」
慶子皇后は、仁姫の気持ちを察して言われた。
「何を言うのですか?あなたは、まだ二十一歳ですよ。私などは、もう六十一歳です。そろそろあの世に行くことを、考えなければなりません。皇女や皇室の女官たち、それに皇室と関わる女性たちの養育係は、私が死んだら、お母様の藤姫だけではできません。あなたの助けが必要になるのです。お母様と一緒にお仕事をなさい。」
「私など、良家の子女に何をお教えできましょうか?」
「私があの世へ行ってしまう前に、全身全霊を持って、私の秘宝を授けます。私の秘宝は、私が生きてきた証です。
私は帝の后でありながら、あなたのお母様のように、若君を授かることはできませんでした。それだけに、あなたが身籠った途端、男子の出生と聞いて、とても羨ましかったのですよ。まさか、その男の子が、二歳で亡くなるなんて、誰も思いつくことなどできなかった筈ですよ。でも、現実にそういう悲しいことがありました。だからこそ、私は孫のあなたに覚えておいてもらいたいことが沢山あります。これから、私と一緒に勉強しましょう。あなたは、明日から毎日、お母様と一緒に、宮中に出仕するのです。家の中にだけいて、悲しんでいるのは、天から与えられた時間を無駄にすることですよ。あなたのお母様は、あなたがお腹の中にいた時から、出仕して、私の教育を受けていましたよ。」
事実、藤姫は榎本氏に嫁がれてからも、毎日のように出仕して、慶子皇后の養育を受けていた。藤姫のことを娶った榎本英樹氏は、あまりの藤姫の多忙さに、ご自身と藤姫の間に、お子を授かるのが難しいのではないか、と心配されていた。しかし、藤姫の美しさを慕う英樹殿は、僅かな時間を縫って、藤姫を知ることをお求めになった。そして、藤姫に触れれば触れるほど、英樹殿は、藤姫に意欲を燃やしていった。
翌日、仁姫は早速宮中に出仕し、桓武天皇に拝謁した。桓武天皇は、御年五十六歳となられていた。桓武天皇は、ご自分の目の前に畏まっている仁姫をご覧になると、言われた。
「あなたも出仕してくれるのか?」
「はい。」
「やはり、藤姫の息女であるだけに、美しいのう。」
「ありがとう存じます。」
「橘嶋田麻呂殿も、怪しからんお人だな。あなたのような、美しい北方をないがしろにして、他の女君に現を抜かすとは。」
「…。」
「余とは、初めての対面かな?」
「はい。」
「余の孫であるのに、のう?しかもあなたは、一ノ君ではないか。」
「はい。申し訳ございません。」
「よいのじゃ。私の后も、いろいろと口はうるさいが、しっかりと学んでやってくれ。」」
「かしこまりました。」
慶子皇后は、仁姫を皇室に関係する人々に紹介されていかれた。
そして、その翌日からは、毎日のように、日の出前に起きて、午前中は舞と琴の稽古、午後は万葉集を学ぶようになった。仁姫が、慶子皇后の養育を受ける間、仁姫の二人の息女は、藤姫が預かっておられた。
「お母様は、私と同じようにご多忙にされえいた時も、お父様がいつもお母様のことを慕っていらしたわ。でも、私には慕って下さる殿方がいないわ。」
多忙な日々を過ごしていくうちに、ふと仁姫はそう思うことがあった。しかし、桓武天皇は、仁姫の様子を見ていて、慶子皇后にこう言われた。
「仁姫は、比較的早く結婚はしたが、背の君のいない今の方が、余程楽しそうじゃのう。」
「左様でございますか?御上には、そうご覧になれるのですね。」
「余には、そう見える。橘嶋田麻呂殿が、あの様子ではのう。」
「はい。私や藤姫にしてみれば、仁姫が嶋田麻呂殿のことを、考えなくても済むようにしてあげるのが、一番よろしいのではないか、と考えた次第でございます。」
「まあ、それがよかろう。それにしても、仁姫も、流石藤姫の息女じゃ。藤姫も宮中で働く時は、楽しそうで、いきいきとしていた。それに引き換え、嶋田麻呂殿は、いつまで女君に現を抜かしておる気かのう?藤姫や仁姫、といった女君たちが、仕事に懸命に励んでいるのだから、男君もきちんと仕事をしないとな。榎本英樹氏に、宮中武官の養育を任せよう。」
徳川龍之介殿は、ご自身の大切な姫君が二人も、橘嶋田麻呂殿の餌食になってしまったことを、大層お嘆きになった。龍之介殿には、まだ幼い姫君が二人おいでになったが、このお二人の養育を思慮深く行いたい、と龍之介殿は、お考えになるようになった。実は、榎本英樹殿も、三ノ君以下は、まだ嫁いでおらず、四ノ君・智姫と五ノ君・信姫は、年の頃が、ほぼ龍之介殿の、三ノ君と四ノ君と同じであった。龍之介殿は、ご自分の二人の姫君を、英樹殿の姫君たちと一緒にご養育頂きたい旨を、英樹殿にお申し出になった。英樹殿は、快くお受けになった。龍之介殿の三ノ君と四ノ君は、英樹殿の三人の姫君たちと一緒に、皇后慶子様の養育を受けるようになった。その後少しして、龍之介殿の次郎君の龍二殿が、満田亀造殿の二ノ君・蘭子殿を娶られた。こちらも、仲睦まじいご夫婦となった。
七九三年、藤姫はついに、三郎君をお生みになった。同年、藤姫の三ノ君・礼子殿は、橘安麻呂殿に嫁いで行かれた。榎本英樹殿は、北の方である藤姫が、八人目のお子を出産されて、なおお美しくなっていかれるのをご覧になって、何とも言えない誇らしさを感じておられた。英則殿は、もうかなり読み書きがよくおできになる。幸福の絶頂にあると思われた、藤姫には、どうにも気懸りなことがおありになった。一ノ君・仁姫のことであった。仁姫は、若君を失った後、姫君をお一人設けておられたが、三歳となっていた。橘嶋田麻呂殿は、この姫君には目もくれない。仁姫は、既に何度も嶋田麻呂殿に文を送っていたが、なしのつぶてであった。悲嘆にくれるご息女のことがご心配な藤姫は、ご自身が出産された三郎君が、首の座るご年齢になると、三郎君をお抱きになっては、仁姫のお住まいをお訪ねになった。
「あなたの産んだ姫と、この三郎君は、あなたのお子として育てるのです。」
「…。」
藤姫殿は、ご自身の息女である仁姫を、何とか慰めようとしていたが、自分のことを心配して訪れた母君をみると、七八七年、夜自分の住まいの近くに迷い込んできた橘嶋田麻呂殿ことを思い出されては、楽しかった筈の思い出が、涙に変わっていくのが、悲しくてならなかった。それでも、藤姫は仁姫に言った。
「明日、皇后陛下様もご一緒に、三人で歌を詠みましょう。」
「…。」
ご自身の息女が、返事をなさらないのを悲しみながら、藤姫はその日は仁姫の元を去って、慶子皇后陛下様の下へ行かれた。
「皇后陛下様。仁姫は、私とは話をしてくれません。」
「今は、そっとしておいてあげましょう。」
「皇后陛下様、明日、私と一緒に、仁姫のところへ行っては頂けないでしょうか?」
「明日ですか?」
「はい。いけないでしょうか?
仁姫と一緒に、歌を詠んであげたいのです。そうしてあげれば、仁姫の心が晴れましょう。」
「今の仁姫に、歌が詠めると思うのですか?」
「歌は、気持ちの晴れない時にこそ、詠むものではないでしょうか?」
慶子皇后は、翌日藤姫とご一緒に、仁姫の邸を訪れた。慶子様は、薄い山吹色の十二単を纏われていた。藤姫殿は、水色の十二単であった。仁姫は、浅葱色の十二単を纏っていたが、元気のない様子であった。
捨てられし
葉に付く虫の
寂しさを
誰に言うべき
憐れのみある
(葉っぱに付いた虫のように、寂しさのみ思い出される日々です。)
寂しさは
誰にでもあり
本来は
皆で話して
なきものとかは
(寂しいのは、あなた一人だけではありません。寂しさも皆で味わうものです。)
葉につきし
虫の音秋は
風情あり
一人でもあり
一人でもなし
(葉に虫が付いているのは、本来風情の感じられるものです。葉に付く虫も、秋になれば、風情を感じさせます。)
慶子皇后、藤姫、仁姫の三人で、和歌をお詠むになった後は、同じ順序で、筝の琴をお弾きになった。三人でそれぞれ違う曲をお引きになったが、やはり一番お上手なのは、今年六十一歳となられた慶子皇后陛下様であった。お三方が、琴を弾き終えると、仁姫は溜息をつきながら言われた。
「虫でさえ、縋り付く葉っぱがあるのに、夫だと思ったお人から捨てられた私には、縋り付ける木葉さえありません。生きていて、何の価値がありましょうか?」
慶子皇后は、仁姫の気持ちを察して言われた。
「何を言うのですか?あなたは、まだ二十一歳ですよ。私などは、もう六十一歳です。そろそろあの世に行くことを、考えなければなりません。皇女や皇室の女官たち、それに皇室と関わる女性たちの養育係は、私が死んだら、お母様の藤姫だけではできません。あなたの助けが必要になるのです。お母様と一緒にお仕事をなさい。」
「私など、良家の子女に何をお教えできましょうか?」
「私があの世へ行ってしまう前に、全身全霊を持って、私の秘宝を授けます。私の秘宝は、私が生きてきた証です。
私は帝の后でありながら、あなたのお母様のように、若君を授かることはできませんでした。それだけに、あなたが身籠った途端、男子の出生と聞いて、とても羨ましかったのですよ。まさか、その男の子が、二歳で亡くなるなんて、誰も思いつくことなどできなかった筈ですよ。でも、現実にそういう悲しいことがありました。だからこそ、私は孫のあなたに覚えておいてもらいたいことが沢山あります。これから、私と一緒に勉強しましょう。あなたは、明日から毎日、お母様と一緒に、宮中に出仕するのです。家の中にだけいて、悲しんでいるのは、天から与えられた時間を無駄にすることですよ。あなたのお母様は、あなたがお腹の中にいた時から、出仕して、私の教育を受けていましたよ。」
事実、藤姫は榎本氏に嫁がれてからも、毎日のように出仕して、慶子皇后の養育を受けていた。藤姫のことを娶った榎本英樹氏は、あまりの藤姫の多忙さに、ご自身と藤姫の間に、お子を授かるのが難しいのではないか、と心配されていた。しかし、藤姫の美しさを慕う英樹殿は、僅かな時間を縫って、藤姫を知ることをお求めになった。そして、藤姫に触れれば触れるほど、英樹殿は、藤姫に意欲を燃やしていった。
翌日、仁姫は早速宮中に出仕し、桓武天皇に拝謁した。桓武天皇は、御年五十六歳となられていた。桓武天皇は、ご自分の目の前に畏まっている仁姫をご覧になると、言われた。
「あなたも出仕してくれるのか?」
「はい。」
「やはり、藤姫の息女であるだけに、美しいのう。」
「ありがとう存じます。」
「橘嶋田麻呂殿も、怪しからんお人だな。あなたのような、美しい北方をないがしろにして、他の女君に現を抜かすとは。」
「…。」
「余とは、初めての対面かな?」
「はい。」
「余の孫であるのに、のう?しかもあなたは、一ノ君ではないか。」
「はい。申し訳ございません。」
「よいのじゃ。私の后も、いろいろと口はうるさいが、しっかりと学んでやってくれ。」」
「かしこまりました。」
慶子皇后は、仁姫を皇室に関係する人々に紹介されていかれた。
そして、その翌日からは、毎日のように、日の出前に起きて、午前中は舞と琴の稽古、午後は万葉集を学ぶようになった。仁姫が、慶子皇后の養育を受ける間、仁姫の二人の息女は、藤姫が預かっておられた。
「お母様は、私と同じようにご多忙にされえいた時も、お父様がいつもお母様のことを慕っていらしたわ。でも、私には慕って下さる殿方がいないわ。」
多忙な日々を過ごしていくうちに、ふと仁姫はそう思うことがあった。しかし、桓武天皇は、仁姫の様子を見ていて、慶子皇后にこう言われた。
「仁姫は、比較的早く結婚はしたが、背の君のいない今の方が、余程楽しそうじゃのう。」
「左様でございますか?御上には、そうご覧になれるのですね。」
「余には、そう見える。橘嶋田麻呂殿が、あの様子ではのう。」
「はい。私や藤姫にしてみれば、仁姫が嶋田麻呂殿のことを、考えなくても済むようにしてあげるのが、一番よろしいのではないか、と考えた次第でございます。」
「まあ、それがよかろう。それにしても、仁姫も、流石藤姫の息女じゃ。藤姫も宮中で働く時は、楽しそうで、いきいきとしていた。それに引き換え、嶋田麻呂殿は、いつまで女君に現を抜かしておる気かのう?藤姫や仁姫、といった女君たちが、仕事に懸命に励んでいるのだから、男君もきちんと仕事をしないとな。榎本英樹氏に、宮中武官の養育を任せよう。」
