榎本氏

 「子作りも勿論良いが、今日は別の話を一つしておきたくてのう。」
 「別のお話でございますか?」
 「あなたは、最近仁姫の下に、一人の殿方が通ってきていたのを、知っておられたか?」
 「橘嶋田麻呂様のことでございますか?」
 「そうだ。知っておられたのか?」
 「はい。仁姫から直接聞いておりました。女同志でございますので、話が早う御座います。」
 「そうであったか。ならば、話は早い。ところで、仁姫が既に懐妊していることも、知っておられたのか?」
 「はい、存じ上げておりました。ただ、私は仁姫から直接殿にお話があるものと思い、敢えて私の方では、お話し致しませんでした。申し訳御座いません。」
 「嶋田麻呂殿の祖父君が、先程お越しになってのう。私はその時に初めて、助麻呂殿のことと、仁姫の懐妊のことを知ったのだ。」
 「殿は、大分驚かれたご様子でございますね?」
 「嶋田麻呂殿が仁姫の下へ通ってきたことと、仁姫の懐妊は、成行であろうが、私が驚いているのは、橘氏に対してじゃ。」
 「………。」
 「橘諸兄殿はな、我々の姫たちを、全員橘氏へ嫁がせるよう、頼んできたのだ。それと、太郎の養育を任せてもらいたい、とのことであった。」
 「太郎の養育を、でございますか?」
 「そうだ。」
 「太郎の養育は、最澄様にお願いするのではなかったのですか?」
 「最澄殿に頼んだのでは、太郎が学べることは、限られてこよう。私は、太郎には、学問だけではなく、剣術も青海波も身に付けさせたいのだ。あなたは桓武天皇の一番最初の姫宮ではないか。私は、太郎のことを、妻であるあなたのお生まれにふさわしい若君に育てたいのだ。」
 「橘諸兄様なら、あなたのお眼鏡にかなった養育がおできになるとお考えなのですか?」
 「橘諸兄氏には、奈良麻呂殿といわれるご子息がおありになる。お二人でどれだけのことがおできになるかを、確かめてみよう。橘一殿には、太郎の養育の件などは、熟慮した上で返答する、と言ってある。一度、一殿に文を認めてみよう。」
 「………。」
 藤姫の言葉はなかったが、夫の言葉を聞いて、微笑されていた。藤姫は、英樹殿を真直ぐに見ていた。愛しい妻を真直ぐに見返す英樹殿には、夫のことを限りなく信頼する北の方の気持ちが読み取れた。ほっそりとした体に、十二単を纏って上品な藤姫を、改めて見つめた英樹殿には、新たな意欲が沸いてきた。
 翌日、英樹殿は早速、橘一氏宛てに文を認めた。
 「橘諸兄様
 お世話になっております。
 先般は、わざわざご足労頂き、誠にありがとうございました。本日は教えて頂きたいことがあり、この文を認める運びとなりました。       
 小生の娘たちのことはまずさておき、太郎ことでありますが、小生も細君も、太郎を、学問のみではなく、剣術や青海波も一流といわれる実力を身に付けさせたい、と考えております。
 諸兄殿は、学問・剣術・舞踊・音曲など、全ての分野に優れている人物をご存じではないでしょうか?」
 橘諸兄氏からの返答は、三日後に来た。
 「榎本英樹様
 お世話になっております。
 ご希望の人物は、小生の息子・橘奈良麻呂が該当致します。」
 英樹殿は、返答をもらった日のうちに、更に返事を認め、
「橘諸兄様
お世話になっております。
私の娘たちについては、皆橘家へ嫁がせて頂きまする。しかし、太郎の養育係につきましては、私にも選択する機会をお与え下さいませ。奈良麻呂殿と、ほかにも腕に覚えのある者を競わせたいのですが、いかかでありましょうか?
どのように競わせるかについては、追ってご連絡申し上げます。
何分、太郎が五歳になるには、まだあと四年半もありますので。」
橘氏からの返答は、また三日後にあった。
「榎本英樹様
お世話になっております。
先日の文の件、全て了解致しました。
ご連絡をお待ち申し上げます。」
当時大納言であられた榎本英樹殿は、いざ太郎の養育係を誰にするか、という問題になると、非常に悩んでおられた。北の方の藤姫には、橘氏との文の遣り取りについては、知らせはしたものの、考えあぐねていた。その時の英樹殿には、徳川龍之介というご親友がおありになり、中納言であった。英樹殿は、龍之介殿に相談された。
龍之介殿は、英樹殿のご相談を親身にはお聞きになるものの、すぐにはお答えになれない。
「桓武天皇は、太郎君の養育係の一人に、最澄殿をお望みであったな?」
龍之介殿は言われた。
「最澄殿には、仏の道しかわかるまい。」
「いや。多くの学問に通じてもいるし、武術や剣術も得意だという話だ。」
 「誠か?」
 「勿論。この際、いっそ、最澄殿と橘奈良麻呂氏のお二人に、太郎の養育を任せてはどうだ?」
 「いや。武術・剣術なら、阿部氏が優れている、という。」
 「では、阿部嶋麻呂殿あたり宛てに、文を認め、用件を伝えたらどうだ?」
 「阿部嶋麻呂殿か。文を書いてみよう。」
 英樹殿は、早速筆を執った。
 「阿部嶋麻呂様
初めてお便り申し上げます。
友人より、貴殿が剣術に優れている旨、お聞き致しました。この度、子息の養育係を選定するにあたりまして、貴殿には、橘奈良麻呂氏との対決に応じて頂きたく、お願い申し上げます。」
困ったことに、阿部嶋麻呂氏からは回答がなかなかなかった。英樹殿は、再度文を認めた。しかし、やはり梨のつぶてであったため、英樹殿は、文の内容に工夫をした。
「阿部嶋麻呂殿
お世話になっております。
我が榎本家で、盛大に歌会を催しますゆえ、ぜひ貴殿にもお越し頂きたく、お願い致します。」
しかし、それでもやはり返答はない。阿部嶋麻呂氏からの返答を待っているうちに、何とついに仁姫が臨月を迎え、若君をお産みになった。時に、七八八年のことであった。太郎君がやっと、一歳になられたばかりであった。この年、秋口になると、榎本英樹殿は、太郎君の養育者について、ご自身が選定されたい旨を、桓武天皇にご相談になるため、帝との拝謁を宮中に願い出ていた。
桓武天皇はすぐに、榎本英樹氏にお会いになった。英樹氏の北の方・藤姫は桓武天皇の第一皇女にあたり、英樹氏は、桓武天皇の義理の子息にあたるため、帝は迷わず英樹氏の話をお聞きになった。
「お陰様で、小生にも男子を授かりましたので、養育係の選定に苦労しておりまする。この程、娘の仁姫の下へ殿方が通って参りまして、橘氏の優れたご子息とのことでした。祖父君が、橘奈良麻呂殿を、ぜひ太郎の養育係にと希望して参りましたが、地方豪族には、阿部嶋麻呂という優れた方もあり、お二人を何回かに分けて、和歌や武術の試験を行った結果で、養育係を選定したいのですが、いかがでありましょうか?」
「時間をかけて決めるほどのことでもあるまい。太郎の養育係は、最澄殿ともう一人を、藤原緒継殿になされよ。」
「藤原緒継様は、百川様の嫡男。学問・青海波・和歌はお達者でしょうが、武術の方は失礼ながら、いかがなものでしょうか?」
「緒継はまだ十五歳で若いゆえ、武官としての修業をさせておる。太郎が五歳になるには、まだ四年ある。四年後には、緒継も十九歳じゃ。太郎が緒継を兄のように慕い、共に腕を磨いていけばよかろう。」
「分かりました。」
「しかし、若い殿方には、武術の腕を磨くことも大切じゃ。半年に一度は、若い武官の腕を磨く場を設けることとしよう。」
桓武天皇のこのお言葉があって以来、宮中では、正月三日の歌会が催された七日後、若い殿方が青海波と武術の腕を磨く会が催されるようになった。半年後の七月も、同じように行われた。これは、七八九年から実施された。

榎本英樹氏の親友であられた徳川龍之介氏は、藤原氏京家浜成殿の息女を、北方としていた。北方は、結衣姫といい、七八八年には、龍之介殿との間に既に九人ものお子を設けていた。いちばん最初にお生まれになったのは、龍一と名付けられた若君であった。桓武天皇御自ら、龍一殿の養育に当たられ、既に十七歳となった龍一殿は、これもまた榎本英樹氏のご友人であられる満田亀造氏の一ノ君と娶せていた。満田亀造氏も徳川龍之介殿と同様、藤原氏京家から北の方を娶っていた。藤原百能殿の息女で、名を桃姫といった。満田亀造氏の第一子は、女君であり、一ノ君の桜子殿であった。龍一殿と桜子殿は、非常に仲睦まじかった。龍一殿は、桓武天皇が開催された武官たちの催しに、毎回出席され、好成績をお上げになっていた。
満田亀造殿の北の方・桃姫殿には、なぜか女君しかおできにならなかった。それゆえ、亀造殿は、七七九年頃から、阿部嶋麻呂殿の息女を妾に迎えていた。この方を、小春の上、といった。小春の上は、亀造殿との間に、既に八人もの男子を設けていた。
七八九年七月、榎本英樹殿の息女・仁姫がお産みになった若君が、幼少のゆえの病にかかり、亡くなってしまわれた。七八七年にお生まれになった仁姫の若君は、僅か二歳であった。英樹殿の北の方・藤姫は、英樹殿のご友人たちが既に男子を多くお持ちなのに、ご自身にはお一人しか若君がおいでにならないのを、常日頃からお嘆きであったが、それだけに仁姫に早く若君がおできになったのを、大層お喜びであったのに、病で亡くなった若君のことで、俄かに元気がなくなっていかれた。北の方のことを心配される英樹殿は、ますます藤姫に意欲をお持ちになった。悲しみに暮れる藤姫のお側を毎夜離れないようにお務めになった。七九〇年、藤姫はついに、英樹殿の次郎君をお生みになった。英樹殿があまりの喜びに、
「男子は二人目ができたら、もう言うことはないものだ。」
と言うと、藤姫は、
 「この子も、最澄様と藤原緒継様に、養育をお願いしましょう。」
と言われた。