それから、車に揺られ10分。

私は眠っていた。

「きて…起きてー!」

「え!」

「着いたよ。」

「大きい…。」

「そんなに見上げてると首がつるぞ!」

「だって、ここ…」

「30階だけど、高いところ大丈夫か?」

「大丈夫だけど…最上階?」

「そうだよ。」

「さすがですね…。」

「そうか?さぁ、早く入りな。」

「はい。」

廊下も部屋もロビーも、本格的なホテルみたいですごく綺麗。

私、こんなところ初めて来た。

「遥香?とりあえず、荷物は遥香の部屋に運んでおいたから。」

「え?部屋?」

「ああ。さすがに部屋あった方がいいかなって思ってな?」

「わざわざ私のために?」

「はは。そんないい部屋じゃないけどよかったら好きに使いな。家具も新しく買い換えといたから。」

「家具まで!?」

施設にいた小学生の頃、家具は前の子が使っていたおフルだったし、みんなと共同部屋で何人かと一緒だったから、1人部屋なんて私には贅沢すぎるほどだった。

「ありがとう、先生。」

「いいって。それと、ここにいるときは尊って呼んでくれない?」

「は?」

「家に帰って、先生なんて呼ばれてたら医者モードがオフになりそうにもないしな。それに、遥香に尊って呼ばれたい。」

「…それは、そのうちに…。」

「そのうち…?」

近い!近いから!
先生の顔が段々と私には近づいてくる。
阻止しなきゃ!!心臓もたない。

「あ、私荷物整理して来ますね。」

「あ、こら。逃げるのか?」

「もう、離してよ。」

「悪かった…。俺もつい…呼べたらでいいから。」

「…うん。」

「終わったらリビングおいで。」

「はい。」

先生、さっきなんであんなに迫って来たんだろう?
でも、確かにここでまで先生って言われてたら疲れちゃうかな…。

頑張って、名前で呼んでみよう。
呼べたら…呼ぼう。

よし、やっと全部終わったー!

私は携帯の画面を開き時間を確認する。

え!もう5時!

私、4時間も片付けしてたんだ。

やばい、診察!

急いで先生のいるリビングに向かった。

リビングにはエプロンをしている先生がいた。

「遥香、片付けは終わった?」

「はい、終わりました。」

「よし。」
先生はそう言ってから火を消して私のそばに近寄ってきた。

「なに?」

「診察だ。」

「まだ、途中じゃなかったの?」

「終わったよ。そこのソファー座って。」

「はーい。」

渋々、ソファーに座って診察を受けた。

「なぁ、体だるくないか?」

「え?」

言われてみれば少しだけだるいかも。
でも、退院して久しぶりに動いたからだよね?

「たしかに…少しだけ。」

「ちょっと、熱はかって?」

体温計を渡され脇に挟んだ。
体が少しだけ熱いし絶対お昼よりも体温上がってる気がする。

先生は、私が体温を測っているうちに血圧を測った。

「血圧も低いな…。」

「100ないの?」

「ああ。82しかない。」

「正常の基準がよく分からないから何とも言えないけど…」

「正常は100はないと。遥香は、血圧低すぎるから立ちくらみとかも頻繁に起きてるだろ?」

「血圧も、治らないの?」

「もちろん、薬物療法やれば緩和されることもあるけど、遥香はちょっとだけ時間かかりそうだな。」

「そっか…。」

「まあ、そんなに落ち込むなよ。俺が絶対、支えるから。」

「ありがとう。」

すると、体温計が鳴った。

「貸して。」

私が、嘘をつかないようにすぐに私から体温計を取った。

「少し高いけど、大丈夫?」

「大丈夫だよ。」

「そっか。無理はするなよ?」

「うん。」

「さ!夕飯冷めちゃうから早く食べようか。」

「これ、みんな先生が作ったの?」

「あ、うん。遥香の口に合うかわからないけど。」

「いただきます!」

「どう?」

「先生、こんなに美味しいの初めて食べた!」

「はは。喜んでもらえてよかった。」

「私のためにありがとう。」

「いいんだって。いつでも作るから。」

「うん!」

そうは言ったものの、私も居候してるんだから料理くらいはしなくちゃな。
施設でやってきたから、料理は1通りできる。

朝ご飯は私が作ろう。

それから、私達は夕飯を食べ終えて食器の片付けをしてると、

「遥香、先にお風呂行っちゃいな。」

「でも、まだ食器の片付けが…」

「それは俺がやっておくから。」

「でも。」

「今日は退院したばかりなんだから、ゆっくり休みな?あと、お風呂入ったら聴診だけさせて」

「はい。」

私は、先生の言葉に甘えてお風呂に入った。
シャンプーとか、先生のでいいのかな?

「遥香!」
私は、びっくりした。
お風呂に入ってるのになんで!?

「はい!」

「お風呂中にごめんな。でも、お風呂入る前に言い忘れてな。シャンプーとかリンスー、ボディーソープはそこの使っていいから。それから、長風呂はするなよ?」

「はい。」

「じゃあ、俺はリビングにいるから。」

先生、心配しすぎだよ。

そう思いながらお風呂から上がった。

やばい。そんなに入ってないのにクラクラする。

早く体ふいてパジャマ着なくちゃ。

ドライヤーで髪の毛を乾かしていると、段々足の力が抜けて目の前が真っ暗になっていくのを感じて完全に乾かしきれてないけど、これ以上は危ないと思いドライヤーを片付けた。

それから私は、ふらつく足で先生のいるリビングへ向かった。

「遥香!大丈夫か!?」

ふらつく私を先生は受け止めた。

「お風呂、熱すぎたか。」

ちがう。お風呂はちょうどいいお湯加減だった。
首を横に振ると先生は微笑んで、

「じゃあ、ちょっと無理したな。」

先生は私を姫抱きにするとソファーにおろしておでこに冷やしたタオルを乗せてくれた。

「気持ちいい…」

「よかった。遥香、水1杯だけ飲めるか?」

私はうなずいた。
それから、先生は水を持ってきて私に飲ませてくれた。

「まだ病み上がりなんだからあんまり無理したらダメだよ?」

「はーい。」

「よし。じゃあ、ちょっと診察していいか?」

え!診察!?
しまった。診察のことを忘れてた。
それだけはやだ。
だって、下着しか着てないんだもん…

「やだ。」

先生の伸びてきた手を私は阻止した。

「どうした?」

ずっと俯いてると先生が私の顔を上げた。

「言わなきゃ分からない。」

恥ずかしくて言えるわけない。

「明日の朝でいいです。」

「遥香?」

すると、先生は何かを察してくれたみたいで、

「悪い、気づいてやれなかった。いいよ、服少しだけ浮かせて。」

「うん。」

先生はさすがだ。
私の言いたいことを察してくれるなんて。

「…。」

どうして難しい顔してるんだろう。
いつもより、聴診器あててる時間長くない?

私は、怖くなって先生の白衣を握りしめていた。

「苦しい?」

「え?」

先生は、私の握りしめる白衣の手を見ていた。

「先生、診察長いから…」

「あ、ごめん。明日から学校行けるために念入りにな?」

「大丈夫だよ。」

「今は大丈夫みたいだな。また明日の朝もちゃんと血圧とか体温とかはかるからな?もちろん聴診も。今日はもうゆっくり休みな。」

「うん。」

先生は軽々と私のことを持ち上げ部屋に連れて寝かせてくれた。

「遥香が寝れるまで、ここにいるから。」

一定のリズムでお腹を優しくたたく先生の手が温かくて、私はすぐに眠りに入った。

「遥香、相変わらず可愛いな…。おやすみ。大好きだよ。」

そういうと、部屋から静かに出て行った。