朝の眩しい光が窓から差し込み、その光で私は目を覚ました。

眩しい…。

それから、苦しい。

またか、この酸素マスクもうやだ…。

早くこれを外してもらいたくて手がナースコールへと伸びていた。

『遥香ちゃん!?どうした!?』

え、なんでこんなに看護師さん驚いてるわけ?

いや、今はそんなことよりも…

「苦しい…。」

私はそう伝え誰かが来るのを待った。

「遥香!」

「あ…。」

「よかった。ちょっと待ってな。」

先生はそう言うと、私の酸素マスクを外した。

外したばかりは、急に自発呼吸をしなきゃいけないから苦しかったけど、すぐに普通に呼吸ができた。

「…殴らないの?」

「はっ?」

「だって…。私昨日の夜…。」

「あー。そうだな。なんで抜け出してきてたんだ。」

「いや…。星…見たくて。」

「窓からも見えただろ?」

「でも…久々に見たから、もっと近くで見たくて…。」

「ちょっと、いいか?」

「え?」

そう言うと、先生は私のそばまで近づき椅子に座った。

「この距離は平気?」

「うん。」

「あのな?悪いことをしたっていう自覚はちゃんとあるなら、俺は怒らない。それに、悪いことをしたから殴られるっていう考えはもう捨てな。誰かに触られることとか怖いんだろ?でもな?」

急に握られた手。

私はいきなりで怖くて、手を離そうとしたけど阻止され仕方なくそのままにした。

「何か感じたか?」

「…え?」

「怖いとかそう言うんじゃなくて。」

「…温かい。」

「そうなんだ。手はな?人を簡単に傷つけることが出来る。でも、簡単に人を抱きしめることもできる。遥香、遥香は今まで自分の手をどういう風に使ってきた?」

「…暴力から…自分を守るために…」

「その手で自分を守って来たんだろ?」

「…うん。」

「手の使い方なんて色々あるけど、俺はその温かさを遥香に知って欲しいんだ。人と関わる上で色んなこともあるし、時には辛い思いも苦しい思いもする。けどな?そればかりじゃないんだ。人の温もりは、遥香の想像以上に温かくて心地がいいものなんだ。すぐには無理だと思うけど、少しずつ少しずつでいいからゆっくり俺が時間をかけてでもそれを教えていきたい。」

私は、目から涙が溢れた。
なんで、そんなに優しくするわけ?

「簡単に言わないでよ…。」

「簡単じゃないよ。簡単にそんな事口にしない。ここまで、言葉にするのにも悩んだ。でも、やっぱり遥香に幸せになってもらいたくて話した。いきなりでごめんな。それに、昨日の夜中倒れたのに、ずっと俺の白衣を握りしめてたんだよ?それは強い力でな。それで分かったんだ。ずっと、誰かにすがりたくて助けてもらいたかった。守ってもらいたかったんだろ?」

そんなの…。
私はずっと、諦めていた。

私には、私を守ってくれる人もいなければ愛してくれる人もいない。

それなら、もう何も求めないって。

施設に預けられてから、色んな人に心を閉ざしてきた。

中途半端に優しくしてくる大人や、可哀想だねって変に同情されたりすることに嫌気をさしていた。

だから、もうそんなのはいらないって。

なのに…。

それなのにどうして?

今更、そんな感情が私にも残っているの?

私の知らないうちに求めていたの?

「分かん…ないよ…」

私は泣きながら口にしていた。

「もう…。分かんない…。」

どうして、泣いてるの?

そんなことさえ、自分にも分からない。

でも、きっと今まで我慢してきた感情が今更になって流れ出したのだろうか?

「よく頑張ったな。」

そうやって、尊先生は私を抱きしめながら背中を擦る。

初めて感じる。

人に抱きしめられることと、背中をさすられることの温かさ。

「泣いてもいいけど、苦しくなったらすぐ言うんだよ?」

「ふぇ?」

「発作でちゃうから。」

「もう…苦しいよ…」

こんなに、人の温もりは温かくて苦しいものなの?

優しくて居心地がよくて安心できて。

「もう、我慢だけはするな。我慢が溜まると自分も他人も傷つけることになる。遥香は、自分にぶつけてきたんだから、もう我慢せず俺に言って。俺は、そばで受け止めるから。遥香の感情、思ってることを受け止める。絶対に裏切ったりしないから。」

「うぅ…。」

「よしよし。」

先生は、優しく頭を撫でてくれた。

ありがとう。

しばらく、先生の胸を借りてこれでもかってくらい泣いた。

「頭痛い…。」

「はは。泣きすぎ。」

「先生が泣いてもいいって言ったんじゃん。」

「言ったよ。ちょっといいか?頭痛薬と保冷剤持ってくるから。」

「…うん。」

「すぐ戻ってくるな。」

そう言うと、先生は部屋から出た。

気を使ってくれたのか泣き顔を見ないように、私の涙だけ手で拭き取り優しく寝かせてくれた。

ん!冷たい…。

「気持ちいいか?」

「うん。」

すぐに先生はタオルに巻いた保冷剤と頭痛薬を持ってきてくれた。

「その保冷剤が溶けるまではしばらくそうしててな。じゃないと腫れるから。」

「それは困る。」

「それなら、大人しく寝ててな。」

「はい。」

先生は、何か言いたそうだった。
まだ私を泣かせる気?

それよりも、先生他の患者さんの事はいいのかな?

「先生?」

「ん?」

「私ばっかり構ってたら他の患者さんが困るんじゃ?」

「いや。今日俺は仕事休みなんだ。だから、それは考えなくていい。」

「じゃあ、もう帰って大丈夫ですよ?」

「それもできないな。また、無茶して外に行くだろ?」

「行かないよ、もう。」

「本当か?」

「うん。」

「あのさ…?」

先生は笑顔から真剣な顔になり、再び私の近くの椅子に座った。

目に当てていた保冷剤をテーブルの上に置き、私も上半身だけ起こして先生の方に体を向けた。起き上がる時も、先生は助けてくれた。

「体、辛くなったら言えよ?」

「はい。」

「アパート、売り払って俺と一緒に暮らさないか?」

え?
今なんて!?

「…?」

「今、1人暮らしなんだろ?喘息もあるししかも未成年だから心配なんだ。」

「それは…無理だよ…。」

「どうして?」

「男性と暮らすなんて…無理。」

「それなら、もう少しここで様子見になるけど。いいか?」

「え?」

それはそれで嫌だ。
さすがに、ここまで優しくしてくれる先生なんていない。

それに、私にこんなに関わる大人はいない。

この人には、もう怖いという感情はない。

でも。迷惑になる。私みたいなのがいると先生の仕事を邪魔しちゃう…。

「もしかしてさ?迷惑になるとか考えてんの?」

え?なんで分かったの!?

「図星か。あのなー、俺は遥香に来て欲しくて言ってるんだよ?そばにいてくれれば、異変にもすぐに気がつけるし何かあった時に早く対応もできる。それに…。」

「?」

「遥香がそばにいてくれないと心配で心配で仕事が手につかないんだ。医療ミスしたらどうするんだ。」

「それ、私のせいなの?」

「ああ。だからさ?余計なこと考えなくていいから俺についてこい。」

「…でも。」

「他に何か不安でもあるなら今言って?」

「…。生活費とか出さなくてもいいんですか?」

「ああ。当たり前だ。遥香はまだ学生なんだから本来そんなことを考える必要なんてないんだよ。」

「私、先生が思ってるよりもいい子じゃないよ?」

「大歓迎だよ。」

「…裏切ったら許さないからね?」

「裏切らないよ。絶対。一生、遥香のことを守るから。最初から、信じろとかそんな強制しないし信じる信じないかは、暮らし始めたら分かってくれるだろうしな。でも、俺は。遥香を信じるよ?」

「…。」

1ミリも外さない視線が私を捉えて離さない。

きっとこの人は私を手放したりしない。

さすがの私でもそんなことくらい伝わる。

「よろしくお願いします。」

「うん。」

先生は再び私を抱きしめてくれた。

「あ、でもあと1週間は入院だから。」

「え?そんなに?」

「そんなにだ。遥香、以前に退院した時よりも体重も血圧も下がりすぎてる。明日から血圧の方も薬物療法やるからな?」

「え…。」

「安心しろ。痛くないから。」

「怖いから…。点滴で入れるの?」

「うん。遥香は直接血管から入れた方がいいからな。」

「そうなんだ。」

「それからさ、遥香のアパートはどこ?」

「あ、駅の近くの白色のアパートです。」

「あー、あそこか。何号室?」

「3号室です。」

「明日、アパートの大家さんに話してくるな?それから荷物は近藤さんに俺の家に送ってもらおうと思ってるんだけどそれでもいいか?」

「中は見ないでくださいよ?」

「ああ。見ないから安心しろ。」

「じゃあ、お願いします。」

「うん。今日はもう大人しく寝てな。」

「はい。」

私はそのまま寝たり起きたり浅い眠りを繰り返し、先生はずっと私の部屋で仕事をしていた。

ずっと、私のことを見守る先生を私は信じよう。

私も変わらなきゃ。