ーside尊ー

遥香に、過去と向き合わせるべきか辞めておくべきか。

本当に悩んだ。

でも、遥香は母親と再会してから1度も笑うことなく、元気もなく心ここに在らずって感じだった。

だからこそ、あの母親と向き合わせるべきだと思う。

辛くても、苦しくても。

ちゃんと話し合うべきなのかもしれない。

だけど、せっかく取り戻しかけてきた笑顔を奪われたことは正直悔しい。

遥香がどうしても嫌っていうなら俺は無理に向き合わせようとは思わなかった。

心から本気で嫌っていうなら。

ここずっと母親のことを考えて苦しんでる。

今の遥香なら、乗り越えられる。

俺はそう思いここへ連れてきた。

遥香の思いをぶつければいい。

ずっと言いたかったことを言えばいい。

俺が支えてるから。

車を走らせながら俺は隣で眠る遥香を見ながら思った。

求めたけど叶わなかった母親の愛情。
ずっとずっと溜め込んできた感情。
怒りや悲しみ。不安や悩み。

遥香、それが乗り越えられれば遥香はもっと強くなれるよ。

遥香を車から降ろし姫抱きにして俺のベッドへ寝かせた。

「何も心配いらないから。」

そう言うと頭を撫で俺はリビングでパソコンを開き仕事を始めた。

そう言えば、明日は遥香のお母さんの検診の日だったな。

少し話してみるか。

遥香のいるベッドへ向い隣で眠りについた。


それから、カーテンの隙間から差し込む日差しで目を覚ました。

「眩しい…」

「おはよう。」

朝から癒されるな。
目を覚ますとエプロンをした遥香がいた。

「おはよう。」

遥香の頭を撫で顔を洗いに洗面所へ向かった。

それから、いつも通り朝ご飯を済ませ聴診で異常がないことを確認してから、遥香を高校まで送りに行き病院へと向かった。

それから、外来の患者の診察が終わった頃。
俺は、遥香の母親がいる産婦人科へと向かった。

遥香の母親は岩佐ひかり

岩佐弘樹と結婚して今は苗字が変わっている。

やっぱり、遥香を産んだだけあるな。

遥香に仕草が似ている。

不安な時髪の毛を耳にかける仕草。

後ろから見てすぐに分かった。

あの人でも不安になるんだな。

「すみません。」

「はい?」

「岩佐ひかりさんですか?」

「何ですか?…あ、あなた遥香の。」

「佐々木尊です。今日はあなたに話があって伺いました。」

「ちょうどいいわ。私もあなたに話があるのよ。」

俺は白石先生に談話室を借りた。

「今ね、妊娠8ヶ月なのよ。男の子だって。」

嬉しそうに話す遥香の母親。
遥香を妊娠した時も、こんな表情をしたことがあったのだろうか。

「どうしてあの時、遥香に会いに来たんですか?」

「そんなの決まってるじゃない。あの子は私の奴隷だからよ。」

「は?」

「あの時は、みんなもいたから娘とか言ったけどあの子は私に散々迷惑をかけてきたのよ。だから、私がこの子を授かったからその世話をしてもらおうと思ってね。私だってまだやりたいこと沢山あるもの。」

「それが、遥香に会いに来た理由ですか?」

「そうよ。なんで?」

想像以上の人だ。
遥香を産んだ人とは思えない。
こんな人に遥香を向き合わせられるのか?

「あのさ、あんた遥香の彼氏なの?」

「そうですけど。」

「そしたらさー、あんた普通私に挨拶にくらい来るでしょ?てかさー、何で遥香が幸せになるわけ?おかしくない?」

「遥香はずっと幸せだと思ってるんですか?」

「幸せでしょ。あんたみたいな医者が遥香の彼氏やってるんだから。言っておくけどね?あの子といてもろくなことないよ?喘息で入退院を繰り返して、治療費だの入院費だの高いお金払ってあげたのに、一向によくならないし治らないし。」

「遥香は、変わり始めてきてたんですよ。あなたが遥香のことを置いていった後、あの子はずっと人を信じず心を頑なに閉ざしてきたんです。やっと変わってきてたんです。それを、あなたがいきなり現れて、悩んでないとでも思ってるんですか?遥香は今、苦しんでるんです。」

「苦しんでるなんて自業自得ね。」

「自業自得?」

「そうでしょ?私に迷惑かけて、苦しんでるなんて自業自得じゃない。しかも、私のことって笑える。」

手を叩いて笑うこの人を見てると、遥香を会わせることは危険だと感じた。

どうしてこの人が、遥香の産みの親なのか。

「遥香は、あなたの娘じゃない。」

「は?あんた何言ってるの?私がお腹を痛めて産んだ子供よ!」

「お腹を痛めて、命懸けで産んだ子供をどうして傷つけたんですか?どうして、心に一生消えない傷をつけたんですか?」

「じゃあ、言っておこうか。
遥香の父親は最悪な奴だったんだよ。
あいつは遥香に喘息があることがわかった時遥香に言ったんだよ。遥香を守るって。
その時からあいつは遥香にかかりっきりで私とデートに行くことも外出に行くこともなくなったのよ。遥香にかかりっきりだったからね!
だから、遥香はそんな父親が大好きだったのよ。
それであいつは、遥香と私を死んだんだよ。遥香の誕生日にね。あいつが死んだのは遥香のせい。雨の日にケーキを買いに行かせたんだから。だから、私あの時に思ったわ。この子はろくな子供じゃない。私から旦那を取りお金をかけさせる。そんな子産むんじゃなかったって。」

「もうやめろよ…」

俺は気付くとそう口にしていた。

「あの子が私達のところに来てから不幸続きなのよ!あの子はね、」

「やめろって!」

俺は大きな声を出していた。
遥香の苦しみが痛いほど伝わった。

母親の身勝手な嫉妬が遥香を育児放棄した理由なんて。
それ加え、遥香は最愛の父親を自分の誕生日に亡くしていたなんて。

そんなことを聞いた今、遥香をこの人に向き合わせることは酷なんじゃないのか。

あまりにも身勝手すぎる母親。

娘を心配するなんて当たり前なんじゃないのか?

遥香はずっと誰かに頼ることをしなかったのは母親だけが原因じゃないのかもな。

「遥香は、あなたと向き合おうとしてます。でも、今の話を聞く限り、今のあなたに遥香を会わせることは酷です。遥香が壊れてしまいます。」

「別にいいわよ。ちょうど良かったわ。遥香は私の奴隷なんだから連れ戻すわ。」

「遥香は、あなたの奴隷じゃありません。あなたの元へ連れ戻す気もありませんから。」

「はぁ?あんた何の権限があってそんなこと言ってるの?」

「少なくとも俺は、遥香を幸せにできます。あなたよりも何倍も。遥香を愛していますから。」

「あなたさ、モテんでしょ?顔もかっこいいんだしあの子の何がいいわけ?」

「初めてなんです。本気で女性を好きになることが。遥香を最初見た時感じました。この子はきっと素敵な女の子なんだろうなって。思ってた以上に素敵な女性です。そんな遥香がたまらなく愛おしくて、大切な存在なんです。何がいいとか分かりませんけど、強いて言うなら俺は遥香の笑顔が好きなんです。大切な人の笑顔を守るためなら俺は何でもしますよ。」

「笑顔なんて。遥香、1度も私に見せたことないわよ。幼稚園生の頃からずっとね。」

「もう1度、あなたが遥香を笑顔にしてみればいいじゃないですか。」

「は?無理に決まってるでしょ。」

「さっき、あなたお腹の子のことを私に嬉しそうに話していましたよね。遥香がそのお腹の中にいた時のことを思い出してみてください。どんな母親でも、お腹にいる子供を愛おしく思っていたはずなんです。そうじゃないと産みませんから。」

「お腹にいた頃ね。」

突っ張っていた遥香の母親が急に切ない表情をした。
この人は突っ張っているけど子供は嫌いじゃないと思う。
ただ、愛し方を間違えたんだ。
育て方を間違えたんだ。

「分かったわ。遥香ともう1度向き合ってみるよ。」

しばらく黙り込んでようやく答えを出したようで、遥香の母親はそう口にしていた。

かなり心配だけど、遥香の心の様子を見ながら慎重に準備していこう。

あどけない遥香の笑顔がこれの頭の中によぎる。

この笑顔をもう1度取り戻したい。