ーside遥香ー

1日休養をとって、次の日からは普通に通い続けてるけど、結局授業に集中出来る事はなかった。

あの時のことがフラッシュバックする度に胸が苦しくなる。

また会うかもしれない恐怖に怯えながら通院をしなければいけないと思うと、悔しくてやりきれない気持ちになる。

未だにあの人から支配されている気がして。

「遥香ちゃん?尊から電話入ったんだけど、遥香ちゃんから連絡してなかった?」

あ!すっかり忘れてた。

「すみません!忘れてました。」

「今向かってるって。」

「ありがとうございます。」

「何かあったの?」

梓先生はカフェオレを入れながら聞いた。

「いえ。何もないです。」

「…そっか。もしさ、何かあったなら相談は乗るからね。」

「ありがとうございます。」

「いいえ。」

「遥香、迎え来たよ。」

「尊。ごめん、連絡入れるの忘れて…」

「いいんだよ。」

考えないようにしていることって、無意識のうちに考えてしまってる。

これ以上、考えたくない。

あの母親と離縁したい。

だけど、本当の親子は離縁なんてできないってことくらいは知っている。

私は、この過去を一生引きずって生きていかないといけないのかな。

そんなの嫌だよ。

忘れられるなら早く忘れたい。

「遥香。帰ろう。」

「あ、はい。」

「遥香ちゃん、ずっとこんな感じで心ここにあらずって感じなんだけど大丈夫?」

「ちょっと色々あってな。」

私の代わりに尊が答える。

「そっか。無理はしないでね。」

「はい。」

私は尊に肩を支えられ車に乗る。

「ちょっと寄り道しようか。」

え?寄り道?

「どこに?」

「それは内緒。着くまで1時間はかかるけど辛くないか?」

「はい。」

それから、尊と話をしながら車に揺られること1時間目的地に着いたみたいだ。

家の明かりが少ない。

ここはどこなんだろう。

「遥香、空見上げてごらん。」

空を見上げると、数え切れない星が夜の空で輝いていた。

「きれい!」

私はこんなに輝く星空を見たことは無い。

「遥香と出会って最初の頃、遥香は外に星を見に行ったでしょ?それを思い出してね。」

たしかに、過去のことであの時の私は人を信用していなかった。
だけど、満天の星空を見てるとその広い空の下で、自分の考えていることがすごく小さいことに思えた。

「だから、遥香が探している答えになるかは分からないけど少しでも、考えるきっかけが見つかればいいと思って。」

私は、尊の言葉を聞いてから空気を思いっきり吸い込んだ。

「はぁー。私、ずっと考えてた。どうすればあの人との繋がりはなくなるのかなって。考えたけど、結局親子の縁なんて切れないんだよ。戸籍上では親子なんだから…。」

「それなら、別の方法探してみよう。」

別の方法…。
すぐに見つかるわけない。

「焦ってすぐに答えを出そうとしなくていいんだ。これからも生きていく上で、色んな壁を乗り越えていかないといけない。それが、生きているってことだから。今は、遥香が乗り越えるべき壁が目の前に現れた。だから、ゆっくり考えて一緒に乗り越えよう。」

「でも…私」

「大丈夫。遥香はもう1人じゃない。1人じゃ無理なことでも、俺や山城先生、梓や遥香の友達。みんながついていれば遥香は大きな壁を乗り越えることが出来る。遥香が辛い時や苦しい時俺はそばにいる。遥香がどんな答えを出したとしてもそれは変わらないから。」

「尊。私、忘れたいよ。いつまでも、あの人のことで引きずるなんてやだよ。出来るなら離縁したい。でも、離縁は本当の親子だとできないよね」

「離縁は、養子離縁しかできないしな。遥香は母親にはもう会いたくないか?」

「会いたくない。」

「本当か?本当に会わなくていいのか?」

「何で?会う必要なんてないでしょ。」

「いや、遥香が本当に会いたくないっていうならいいんだ。でも…」

「私は、会って話すことなんてないよ。尊に何て言われようと、あの人に会わない。今更私を連れ戻しに来たとか言ってたけど、私には帰る場所がある。だから、会う必要なんてない。」

「それが、遥香の決断か?」

「うん。」

「それなら、俺は何も言わない。遥香がそれで笑顔でいられるから。遥香、最近心がここにあらずって感じって感じだったし、遥香もちゃんと分かれたいって思ってるんじゃないのか?今のままの自分に嫌気が差してるんじゃないのか?自分自身が、乗り越えていかないといけないと思う。」

「無理だよ。あの人となんか向き合えるわけがない。」

「無理に向き合えなんて言わないよ。でもね、俺は遥香に後悔させたくないんだ。」

後悔ってなに?
これが、最後だから?
産婦人科に通ってる間でしか会わないから?

でも、向き合うべきなんだと思う。
8歳の頃は、できなかった。

母親と向き合うことを。

私、過去と決別しないと前を向いて生きていけない気がする。

でも、怖いんだ。
1人でなんか乗り越えられるわけがない。

「大丈夫だ。俺は、何があっても遥香のそばにいる。前から言ってるだろ、俺はこれからも遥香と一緒にいれるように、遥香が本当の幸せを手に入れられるように、今がそれを叶えための1つの壁なんじゃないのなかな。」

「母親と向き合ったら、どんな結果でも尊は私を責めたりしない?」

「するわけないだろ。俺は、遥香のこと立派だと思うよ。自分に降りかかる色んな困難をこんなに小さい体で乗り越えてきたんだから。俺は遥香のことを応援する。」

「尊!」

私は尊の腕の中に入る。
温かくてやさしい温もり。
私が帰る場所。

そうだよね。
これからも尊と一緒にいられるように母親ときちんと別れるべきだよ。

今度は逃げない。

母親が現れても。

私は、この星空の下で尊に約束をした。

必ず乗り越えてみせるって。

尊は笑顔で私の頭を撫でて優しく抱きしめてくれた。

私には尊がいるから大丈夫だよ。

乗り越える時は一緒だから。