ーside尊ー

診察室に中々入ってこない遥香を心配して待合室に行くと母親が遥香の前に現れていた。

しかも、遥香は過呼吸を起こして倒れたのに、心配するどころか走って帰ってしまった。

何も変わってないんだな…。

遥香を病室に運ぶのは危ないな。

仮眠室に運ぶか。

俺は遥香の口に紙袋を当てながら仮眠室へと向かった。

「尊先生、遥香ちゃんの点滴持ってきました。」

「ありがとう。セットよろしく。」

「はい。」

俺は遥香の手を握りしめながら目を覚ますのを待った。

てか、なんで遥香のお母さんにの検診の日と遥香の診察の日がかぶったんだろうか。

ちゃんと向こうのスケジュールを把握してたんだけどな。

俺はもう1度あの母親のスケジュールを見る。

やっぱり、向こうは今日検診の日じゃない。

それならどうして。

「み…こと…」

「遥香、俺はここにいるよ。」

強く手を握りしめるけど、遥香の表情は和らぐことがない。
起こした方が良さそうだな。

俺は遥香を優しく揺する。

「遥香、遥香。起きな。」

「ハァハァ…や!触らないで…」

「遥香!落ち着け。大丈夫だから。」

「尊…」

震える遥香を優しく抱きしめる。

この温もりはたまらなく愛おしい。

だからこそ、遥香の辛い表情は見たくない。

遥香の笑顔を守りたい。

「遥香、我慢するなよ。泣きたい時、泣いていいから。」

大丈夫か?って聞くと遥香は絶対、大丈夫じゃなくても頷く。

そんな事は目に見えてる。

だからこそ、我慢させないように言い方を変える。

「尊…離さないで…。」

「何言ってんだよ。離すわけないだろ。遥香は俺の大切な人なんだから。この温もりは誰にも渡したくない。」

それが、遥香を産んだ親でも。

親が迎えに来ても離すわけない。

「遥香、ごめんな。」

「え?」

「遥香に負担かけちゃって。せっかく喘息の方良くなってきたのにな。」

「尊は悪くないよ。尊、知ってたんでしょ?」

「え?」

俺は遥香の言葉に驚いた。

「あの人のこと、久しぶりに見たとき思ったの。お腹を見て、きっと子供がいるんじゃないのかなって。ここの病院に通ってるの?」

遥香は、分かっていた。

倒れる前まで母親の変化に気付いていたんだ。

情ねぇ…。
俺はなにやってんだ。

「遥香が1日だけ入院してる時、その情報が入ってきた。その時は、遥香の病状を良くすることだけを考えて言わなかった。例え、病状が良くなったからって遥香のことを思うと、簡単に話せるようなことでもないし、遥香の心が落ち着くまで話すのは待とうって思ったんだけどな…。遥香の母親の行動をちゃんと見きれてなかった。だから、本当にごめん。」

「何で尊が謝るの?尊は何も悪いことしてない。」

遥香は俺に笑顔を見せてくれた。

でも、瞳を見ればわかる。

その笑顔の奥にある悲しみ。

今まで一緒に暮らしてきてなくなってきたのにな。

「無理して笑わなくていいよ。俺の前では、無理に感情を抑え込まなくていいから。いつも言ってるだろ?俺は、遥香に無理も我慢もして欲しくないって。抑え込んだ感情を自分にぶつけるのはやめろって。俺に、ぶつけていいから。」

「尊…。私、どこか期待してたの。変わってることを。でも…あの人は何も変わってなかった…8年前から、何も変わってなかった。それに。どうして?私を育てなかったくせに、どうして新しい子供を授かったの?ねぇ!なんで?私が喘息だから?体が弱いから?私、親不孝なんだよ…やっぱり…母親を…うぅ…」

俺に感情をぶつけて来てくれる遥香を、ただただ頷いて聞いてやることしかできなかった。

俺の胸で泣きながら話す遥香をひたすら抱きしめた。

もう、我慢しなくていいように。
無理しないように。
心が楽になればいいから。

過去と決別したいなら俺はそれを助ける。
けど、過去と向き合うことが遥香にとって大きな苦痛となるなら、俺はその過去に負った傷を癒していくことを考えようと思う。

遥香が、再び人を信じることができればそれでいい。

俺は、遥香がそばで笑顔でいてくれればいい。
ずっとその笑顔を守るから。