ーside山城ー

私は、いつも通り小児科で仕事をしていると見覚えのある女性が私に会いに来た。

遥香ちゃんを育児放棄をした上に、暴力を奮っておいてよく来れたものだ。

私は、とりあえず談話室に入り向かい合う形で座った。

「それで、今日は何の御用ですか?」

「あー、べつにあなたに用があるっていうわけじゃないのね?」

この喋り方、8年前と何も変わってない。
反省の色も見られない。

「そしたら、おかえり下さい。私も午後から診察あるんで。」

「あんたさ、医者でしょ?医者も患者の話を聞く義務くらいあるでしょ。」

「あなたの担当医師は私じゃないでしょ。白石先生に連絡してここに連れて来ますから。」

「遥香、今どこにいるの?」

「え?」

「小児科にいるんでしょ?部屋はどこ?」

「どうして、あなたがそんなことを聞くんですか?」

「遥香の母親だからに決まってんでしょ?何言ってるのよ。」

遥香ちゃんをここに置いて行ってよく今更『母親』なんて名乗れるよね。

「遥香ちゃんは、もうここにはいませんよ。」

「はぁ?私の許可なしに勝手に野放しにしたわけ?」

野放しってなんだよ…
遥香ちゃんは1人の女性として今立派に生きてるんだよ。
てか、今更なんで母親面して会いに来たんだよ。

「あなた、遥香ちゃんのことここに置いて連絡絶ちましたよね?それから、遥香ちゃんはどんな思いでいたと思います?あなたを攻めるどころか、自分を攻めて生きてきたんですよ?そんな重い罪を犯したあなたに、遥香ちゃんに会う資格なんてないと思いますけど。」

「会う資格あるでしょ?私は、あの子をお腹を痛めて産んでやったのよ?」

「お腹を痛めてまで産んだ女の子を、どうして途中で育てることを辞めたんですか?」

「そんなの決まってるでしょ。」

「何ですか。」

「あの子が喘息だからよ。そんな手のかかる子、手どころかお金もかかる子、私の幸せを奪うだけじゃない。あなた、私に重い罪を犯したって言ったけど、私じゃなくてあの子の方が私よりも何10倍も悪いじゃない。」

「遥香ちゃんは、喘息を好きで患ったわけじゃないのよ。あの子は今、必死に戦ってるの。過去のことに終止符を打とうとしてるの。それを今更あなたが現れて、遥香ちゃんのことを混乱させないでください。今日はお帰り下さい。」

「はぁ…また来るわ。それじゃ。」

ドアを乱暴に閉める姿を見て、私はしばらく動けなかった。

あの人は、本気で遥香ちゃんを探す。

でも、どうして今更。

お腹の中には子供がいるのに。

命を授かって、心を入れ替えたのかと思ったけど、あの態度だと反省した様子もないし、同じことを繰り返すと思う。

あの人のお腹にいる子供も、同じこと繰り返されなければいいけど。

でも、今回は旦那さんもいるわけだし大丈夫かな。
その子供が生まれたら、少し様子を見た方がいいよね。

生まれてくる子供には何の罪もないんだから。

それより、遥香ちゃんだよね。

あの人が、遥香ちゃんの前に現れなければいいけど…。

佐々木先生からは、検査結果が安定してないって聞いたけど、喘息の発作の回数も増えているみたいで心配になる。

遥香ちゃんの喘息は、きっと遺伝性。

あの母親はないみたいだから、きっとお父さんの遺伝を受け継いだのだろう。

早く良くなるといいけど…。

難治性の喘息だから、安定するのは難しい。

だからこそ、今は心に負担をかけることなく治療に専念してほしい。

少し、あの母親の様子を見るか。

私は、産婦人科に務める看護師に事情を説明して診察の時間、日にちを聞き出すことに成功した。

佐々木先生に伝えておこう。

私達の手で遥香ちゃんを守らないと。

私は、診察室に戻り午後の診察を行った。