ーside遥香ー

私は、しばらく眠っていた。

気づけば、朝になった。

昨日より喉の痛みも、胸の苦しさも引いた。

尊、ずっと手を繋いでくれてたんだ…。

手を繋ぎながら眠っている尊。

尊も、そんなところで眠ってたら風邪ひくのに…。

私は、自分にかけてあった毛布を尊にかけた。

私のためとはいえ、風邪ひいたら困るよ。

私は、顔を洗うためにタオルを持って点滴を転がしながら廊下に出た。

まだ朝の5時だから誰もいない。

「遥香。」

「尊?寝てたんじゃないの?」

「さっきまでな。まったく、勝手にいなくなるなよ。心配するだろ?」

「あ、ごめん。顔洗いたくて。」

「いいよ。洗いな。」

顔を洗いタオルで拭いた。
このタオル…尊の匂いがする。
安心できるこの匂い。

「あまり匂い嗅ぐなよ。」

「だって、いい匂いなんだもん。」

「恥ずかしいだろ。」

「尊も照れるんだね。」

「遥香ー?そんな事言ってると点滴するよ。」

点滴という言葉に弱いことを知ってる尊。

「やだ…!」

「ご飯は食べれそうか?朝ご飯もう時期来るけど。」

「…少しだけなら。」

「じゃあ、診察だけするからベッド戻ろう。」

「うん。」

尊は優しく私の手を握り点滴を転がしてくれた。

「無理に動いたから針ずれたぞ?」

え!?針がずれた!?

「内出血してるからそこの手当だけするね。
点滴さっき終わったみたいだから刺し直さないよ。」

「よかったー。」

「よくないよ。内出血してるじゃん。」

尊は私の腕を優しく包帯で巻く。
大げさだよ。

「ねぇ、内出血したくらいなら大丈夫だよ?」

「だめだ。遥香はただでさえ、血管が細いんだからな?」

「そうなの?」

「あぁ。遥香の点滴は難しいんだよ?」

「難しいんだ、私の血管。」

「あぁ。だからそれも貧血の原因かもな。」

先生の手当が終わった後、私の診察が始まった。

「喘鳴あるな…。苦しくないか?」

そういえば、少し苦しい。
そんなことを思っているうちに咳が始まってしまった。

「ゲホゲホゲホゲホッ…ハァハァ…ゲホゲホゲホゲホゲホゲホ…」

「大丈夫だから。ゆっくり深呼吸して。」

尊の言葉にうまく対応できない。

苦しくなる呼吸が邪魔をして、吸入器をうまく吸えない。

「無理に吸わなくていいよ。落ち着くから、焦らずに呼吸しよう。」

やっと尊の言葉に反応できたのは発作がで始まって10分くらい。

それから30分経ち、発作は落ち着いた。

「遥香、少し起きてられる?すぐ横になるとまた咳が出るかもしれないから。」

「うん…。」

「それと、遥香?今までも発作はあのくらい長かったか?」

「…最近はあのくらいだった。」

「そっか…。今日は俺と帰ろう。それから、2日に1回のペースでここに吸入しに来れるか?少し、吸入して様子見よう?」

「…それって、喘息が悪化してるってことですか?」

こういう事になると、尊でも先生扱いになってしまう。安心できる尊でも、敬語になってしまう。

「…ちゃんと通院すれば良くなるから大丈夫。俺もついてるから。」

「喘息って、大きくなったら緩和されるんじゃないんですか?なのに、どうして?どうして私は一向によくならないの?」

「遥香、遥香!落ち着け!大丈夫だから。」

私は何もかもが嫌になり周りにあるものを尊に投げつけていた。

「遥香!」

私を止める尊の腕を振り払って、気づいたら屋上に向かっていた。

迷惑かけるこんな体もうやだ。

私は、屋上の柵に手をかけていた。

「遥香!」

さっきよりも尊が強い力で腕の中に引きずり込んだ。

「離して!」

「遥香、もうやめろ。自分で自分を殺めてどうするんだよ。遥香、少しずつ俺に心を開いてくれたよな?俺、すごい嬉しかったんだよ?出会った時は、ずっと心を頑なに閉ざしている遥香が、初めて大きな決断をして俺を信じてついてきてくれた。だから、これからも俺を信じろよ。一緒に暮らしてきて、遥香は俺の名前を呼んでくれた。それって、俺のこと1ミリでも信じてくれたってことだろ?遥香の喘息も心も俺が治すから。だからさ、一緒に頑張ろう?」

「尊、こんな私のこと何で救おうと思ったの?ただでさえ、喘息もあったのに。目に見えてたよね?自分が苦労すること。医者なら、分かるよね?喘息のこと。なのに、尊はどうして私と一緒に暮らそうなんて言ったの?」

「遥香のこと、初めて診察した時思った。遥香の瞳の奥底から伝わる辛さ、哀しさが気になって遥香を救いたくて仕方なかった。こんなに小さい身体で、頑張る遥香を見て、支えていきたいって思った。それから、遥香の背負ってる物を半分背負って一緒に生きていきたいって思ったんだよ?」

「尊…でも、私…」

「遥香は、俺がもし喘息だったら俺のために頑張るか?」

「頑張るよ?当たり前じゃん。」

「俺もそれと一緒だ。大好きだから、大切な人だから一緒に頑張りたいんだ。だから、発作が起きたら心配もする。でも、そのことを迷惑だとか思うなよ。辛いけど、乗り越えよう?遥香はもう1人じゃないんだから。」

大切な人。
そっか…。私の中で尊は大切な人になってたんだ。
尊の中でも私は大切な存在だった。

お互いが大切な存在なら私の考えていたことはすごく小さいことだったんだ。

こんなに広い心で私を受け止めてくれる尊を、ずっと私は信じてきたんだ。

「先生。ありがとう。」

私の涙を、尊は親指で優しく拭ってくれた。

「やっと、俺の思いに気づいてくれたんだね。こんな形で、ちゃんと言わなくてごめんな。それと、遥香の答え、いつでも待ってるから。」

きっと、さっきの言葉に言ってるんだ。
私の考えている事は尊に伝わる。

「私も、尊は大切な人だよ。」

私は、そうやって笑顔を見せた。

「だから、その顔は反則。俺ダメだな…遥香の笑顔には弱い。」

「尊が、笑顔にしてくれるからでしょ?」

「遥香を笑顔にしないとな。でも、その笑顔はその辺で振りまくなよ?」

急に真剣な顔をする尊。
何のことだか分からない。

「分からないって顔してるな。それより、寒くないか?」

そういえば、冷たい風が私の体力を奪う。

「寒い…」

「これ着てろ。」

尊は、白衣を私にかけてくれた。

「尊、寒くない?」

「寒くないよ。唇の色が青くなってきたから中に入ろう?」

「うん。」

尊は、さっき暴れて体力を失ったことに気づいてくれて、私を姫抱きにして病室へ運んでくれた。

この温もりを手放したくない。
心のモヤモヤがすっと消えてくれた気がした。

私は、身体を尊に預けそのまま眠りについた。