ーside尊ー

診察、長引いた。

今の季節はインフルエンザで来る人が多い。

もう、9時か。

早く帰らないと。

大切な人を待たせるわけにはいかない。

俺は、急いでマンションへと向かった。

ドアを開けると、部屋が真っ暗で一気に不安になった。

急いで明かりを付けて、遥香を探した。

「遥香?」

ソファーにいたのか。

それにしても、呼吸が苦しそうだな…。

起こすのはかわいそうだけど仕方ないか…。

「遥香、遥香!」

俺は、遥香の体をゆすり起こした。

「先生…。あ!私、ごめんなさい!!」

「何で謝ってるんだよ。そんなことより、苦しいだろ?」

「え?」

「ちょっと、ごめんな。」

俺は、遥香を膝の上に乗せて片手で遥香の腰を支え、聴診を始める。

「おろして!」

「普通に座るより、こっちの方が楽じゃないか?起きたばかりだし、ふらふらするだろ?」

「あ…うん。」

「やっぱり、発作が出そうだから吸入しよう?」

「……」

ずっと俯いてる遥香。
そんなに、乗せたのが嫌だったのか?

「ごめん、嫌だった?」

俯きながらも首を横に振っている。

「苦しい?」

「少しだけ…。」

「じゃあ、吸入しような。」

俺は、遥香の口元に吸入器を当て背中をさすりながら吸入をさせた。

咳をしながら吸入する遥香を見てると、何とかしてやりたくて、でもこうやって発作を防ぐことしか出来ない自分に心が痛む。

この苦しみから開放してやりたいな…。

俺が、医者の人生をかけて遥香の喘息を治してやる。

だから、一緒に頑張ろうな。

「遥香、辛かったら我慢しないで。支えるから。」

「先生…ありがとう。」

「あぁ。」

それから、頭を撫でてから吸入器を外しもう1度聴診をする。

「音はさっきよりも大丈夫になったから。それから、晩ご飯ちゃんと食べたか?」

「あ…食べてない。」

「やっぱりか。おかゆ食べれる?」

「あんまり食欲ない…」

「少しでもお腹に入れないと、体もたないぞ?」

「でも…。」

「どうしても無理そうか?少しだけでも。」

「じゃあ…少しだけなら…。」

「分かった。じゃあ、ちょっと待っててな。」

遥香に毛布をかけてからキッチンへと向かった。

それから、お粥を作り遥香に食べさせた。

「遥香?お風呂は入れそうか?」

「うん。大丈夫。」

「じゃあ、ここにいるから何かあったら呼んで?」

なるべく、お風呂から近い部屋にいることにした。

「はい。」

でも。ここのところ発作は安定してたのにな。

何か、心に負担のかかることでもあったのかな?

心配だ。お風呂から出たら聞いてみよう。

遥香、本当に少ししか食べなかったな…。

体重もそんなにないんだろうな。

ここのところ、夜勤も多くてあまり遥香の体調を気にしてやれなかった。

電話をいれるくらいで、 遥香のことをちゃんと見てやれてなかったな。

激しい後悔が、俺を襲う。

ずっと我慢していたのかな…。

「遥香…。ごめんな…。」

大切な人を守れなくて医者なんて言えるのかよ。

これからは、何とかして遥香のことをちゃんと見れるようにしよう。

それから、しばらくするとお風呂から出て髪を乾かして遥香はリビングに戻って来た。

「大丈夫か?」

「大丈夫です。」

「それより、遥香。そこ座って。」

俺は、遥香をソファーに座らせてその隣に座り遥香の肩を抱いた。

「遥香、ごめんな?」

「え?」

「夜勤が続いて、遥香のことちゃんと見てあげられなくて。」

「…大丈夫だよ。先生、仕事頑張ってるんだから。」

「遥香は優しいな。」

「それに、私発作学校で頻繁に出てたけど自分でコントロールできてたの。だから、私のも先生に言わなかった。ごめんなさい。」

「いいよ。でもな?やっぱり発作が出てたなら言って欲しかったな?夜勤だったから、言えなかったんだよな?」

「まぁ…それもあるけど…。」

「けど?」

「自分でコントロールできてたから大丈夫かなって思ったの。」

「大人になったな、遥香。発作は、自分でも徐々に対応できるようになってくる。だから、少しでもそれができたなら、治療経過は良好だよ。でも、発作がコントロールできるようになっても辛い時もあるだろうし。発作が起きたか起きなかったかったかは俺に言って。」

「うん。」

「それと…。今日、何かあったか?」

「え!?」

いきなり動揺し始める遥香。

やっぱりな。

「別に、何も無い…けど。」

怪しすぎる。

「何かあったな?」

俺は、遥香の瞳を1ミリも外さずに捉えた。

「…。先生…」

「ん?」

そう言って、遥香はバックの中から俺に三者面談の紙を渡した。

「私だけ、みんなより1ヶ月も早くて…それがなんでだろうって不安で…」

「三者面談か…」

いくら、一緒に住んでるとはいえ遥香は未成年だ。
だから、俺には保護者としての責任もある。

「遥香だけ早いのか…?」

「うん…」

「大丈夫だよ。きっと、遥香は喘息のこともあるしいつ入院するか分からないから早いんじゃないのか?」

「そうなのかな…。」

「あまり深くは考えるな。何か言われても、遥香には俺がついてるだろ?」

「うん。」

この時、俺はまだ知らなかった。
理由はそれだけではなくもっと重要な話が含まれているなんて。