わたしは逃げていた。
あんなもんで勝てるわけがない。わたしは昨日までただの女子高生だった。格闘経験があるわけでもない。ただの捨て駒だってことをその時悟った。
森の木々を抜け、隣で弓や銃弾が木に突き刺さるのを横目で見ながら走る、走る。味方の兵が倒れていた。
奥に行けば本拠地だ。あの中に逃げ込めば多少はマシなハズだ。
わけもわからず走っていると、山の中、不自然な穴があった。ここだ。飛び込むと味方の軍が警戒体勢で待っていた。「どうだ?」「来ました、数が多いです」それだけ伝えて奥へ、奥へと走る。勝てるわけがない。そう思った。何にしても数が違う。
元々は山の中にあった金持ちの地下室を改造して作ったとかなんとかで、馬鹿に広い。通路の白い床を、わたしは走る。安全な場所を探して。
わたしは昨日まで女子高生であった。帰り道、車に乗った何かに攫われた。そいつらは所謂人身売買を生業としていた。金になると思ったのだろう。売られた先はこの国の王政に反対するレジスタンスの軍だった。命を助けた代わりに、自分たを補助すること、戦いのときには場に出ること。それを条件に身の安全を確保された。
この国のために、そうみんなは言うが、わたしはただの女子高生でなんの思想もない。戦う意味が無い。
だから、走る、走る。奥は大広間。今から出陣する人で溢れていた。みんな熱気に溢れている。走りながら「劣勢だ。今は〇〇隊長の隊が応戦してる」と聞いた。隊長。ただひとり、少し馴染みのあるその人の身を案じる。
走り続けると死体を回収している班にかちあった。どうやら、死体は機械によって死体安置室に送るらしい。「〇〇隊長は?」「死にました。さっき安置室に送ったよ」そんな言葉が聞こえた。隊長。会いに行かなくては、と思い、安置室へと向かうハシゴ階段を登る。廊下を駆けて、扉を開けるとそこは資料室だった。眼鏡をかけたお姉さんがいた。「死体安置室はどこへ行けば…」「ああ、着たのね。こっちよ。」小さな部屋に案内された。そこは小さな資料室。本がみっしりと敷き詰められた部屋だった。違う、ここじゃない。小窓からお姉さんに伝えようと覗くと、その途端、資料室は激流に飲まれた。ついで、土石流。ここは山の地下室。きっと敵が水責めにしたに違いない。そして地下室が崩れたんだ、と悟った。自分のいる部屋もそろそろ飲み込まれそうだ。天井から土が落ちてくる。このままだと、死ぬ。
死にたくない。生きたい。生きたい。
周りを見渡すと、小さな扉があった。「生きる未来はここに」資料室の案内表示にはそう書いてある。過去を知り、未来に生かし生きようという意味なのだろう、と察したが、時間が無い。とりあえず、その部屋に逃げ込む。そこも密室だった。ただの資料室。四角い穴に本が詰められているが、その壁をよく見ると使わない埋め込み式の暖炉を利用してるようだった。その穴の上、小さなプレートに「生きたいか?」とこの国の言葉で書いてある。誰が書いたのか、わたしはすぐにわかった。
本を抜き出す。どんどん抜き出すと、穴の奥に上へと通じる梯子があった。生きたい。生きるんだ。わたしはその一心で、ハシゴを登る。
何人死んだのだろう。全滅したのだろうか。みんな戦っているのだろうか。上に出ても戦っている最中かもしれない。武器は支給された小さな剣一本だ。それも役に立たずにすぐに捨てた。丸腰のわたしが生きる事は難しいかもしれないが、わたしは生きたい。そしてわたしは。




わたしは、白い部屋の中にいた。
地上ではない。
ここがどこだかは知っていた。部屋の真ん中に、この国の絵が描かれていた。その、さっきまでわたしがいた地域が、青く染まっている。これはわたしがさっきまでいたところが水に呑まれている様子が描かれているのだ。
「着いたね」
声を掛けられた。そこにいたのは、おじいさんだった。多分会ったことがある。にこにこと優しそうな顔。久しぶりに会うような感覚。そして、おじいさんの横、床に座って小さな男の子が紙に絵を描いていた。
わたしは2人を知っていた。その人たちは人でならざる人だ。
「どうしてわたしがあそこに行ったの?」
「その必要があったから」
「わたしは逃げてただけなのに」
「それでも必要だったんだよ」
「あそこに残っていたひとたちはどうなるの?」
「みんな、それぞれがそうであるようにしかならない」
おじいさんの答えは、今のわたしには難しく思えた。
わたしは子どもを見る。一心不乱にクレヨンで絵を描いている。しゃがみこんで、わたしは子どもに問いかける。
「あの言葉はあなたが書いたんでしょう?」
最後の部屋に書かれた、「生きたいか?」という言葉。それはこの子の言葉だと、そしてこの状況はこの子が考えたものなのだということ、あの国とあの世界は、この子の物で思いのままなのだということを、その時のわたしは知っていた。
子どもは顔をあげた。
「あなたの生きる意味は見つかった?」
そう聞かれて、わたしは。


あたしは、目を覚ました。昼から眠った筈だったが、もう辺りは真っ暗だ。昼間の暑さが残る部屋はじっとりとしている。あたしの皮膚を汗が流れた。その感覚に、ああ、現実だと実感する。全部夢だった。
しかし、あの子供の、あの世界の神様の言葉がずっと耳について離れないのだ。
夢だった。夢だったけれど、あたしは本気で生きたいと思った。神様は、それを教えるためにあそこに呼んだのかもしれない。
人が呆気なく死ぬ感覚、自分がいつ死ぬかわからない状況。実際体験したかのような、あの感触。
あたしは、今日も生きる。生きぬく。