「学校に通うの!」
マリアが初めて聞く単語。
「がっこう?」
「街にあるお姫様修行の女子学校。
色々なお姫様の卵が集まってみんなで一緒に王子に相応しいプリンセスを目指すのよ。寮があって、特待生になれば全て無料で学校生活を送れるのよ。」
初めて聞く単語がさらに増える。
「私はそこに行けばいいのかしら…
でも、たくさんのプリンセスがそこに集まって…私生きていける?」
マリアは不安だった。
学校の人々が皆、サリーや継母のような人ばかりだったら…
こき使われ続けたら…
「それはあなたが決めることよ。
私はただの猫だから何も出来ないわ。」
マリアはゆっくり立ち上がった。
「そうよね。私が決めることだわ。」
マリアは窓辺に立った。
窓から城が見える。
白く輝いて、どの家よりも
遥かに高く佇む。
「私あそこで暮らしたいの。
王子に会いたいの。
私、行きたい。」
一生奴隷でいるなんて、もう耐えられない。今すぐに、この家を出てしまいたい。
マリアは涙を拭い、
強い瞳をソフィーにむけた。
ソフィーはしばらくその瞳を見つめたあと、気が抜けたようにふっと笑って言った。
「そうだ、忘れてたわ。
私はただの猫だけど、
一つだけあなたの助けになれる。
聞きたい?」
マリアは二回縦に首を振った。
まだ潤む瞳が輝く。
「あなたを学校に案内すること。
どう?お望みかしら。」
マリアは驚き、
おもちゃをもらった子供のように笑った。
「お願い!行きたい!
私を学校に連れて行って!」
ソフィーもメイドのようにマリアを導いた。
「やっと元気になったわね。
それじゃあ行きましょう。
プリンセスへの第一歩よ。」
ソフィーはマリアに一礼した。
そのとき、ドアがノックされた。
マリアは息を飲む。
「はい、」
「マリア、サリーだけど」
空気が凍る。
まただ。肝心ときにやってくる。
憎い憎い、実の姉だ。
マリアの目は絶望で溢れていた。
「はい、お姉様」
マリアは冷たい声で言った
「入るわよ」
「どうぞ」
サリーがノックをするなど初めてだった。
屋根裏のマリアの部屋に尋ねることも。
「マリア」
サリーはマリアに近づいた。
マリアとサリーは目をあわせた。
サリーは強気なマリアにたじろいだが、すぐに眉毛を寄せて深刻そうになった。
「ごめんなさい」
サリーがマリアに頭を下げた。
「…お姉…様?」
マリアは動揺を隠せず、疑う表情を落ち着かせたが声がふるえた。
サリーは頭を上げ、俯き加減でいた。
「私達、お父さんが亡くなるまでは、
仲が良かったわね。」
「はい。」
昔の話だ。
今は仲良し姉妹など所詮子供の無邪気なものだったのだと、嘘だった、とまで思う。
「それが、お父さんが亡くなって今のお母様だけになったときから、マリアだけがシンデレラのようにこき使われてしまった。でも私は…あなたを見捨てて、お母様に気に入られようとした。お母様には、あなたと仲良くしなければ、私のことを良くしてくれると言われたのよ。」
サリーはまだ俯いている。
マリアは静かに、深く苦い感情を吐き出し。
「今さら許してほしいって!?
あなたそう思ってるの!?
冗談じゃないわ、私がこの10年間、
身体中にできた傷を見たことがある?
殴られないかと怯えながら、
屋根裏部屋にこもって震えている私の気持ちが分かる!?
私はあなた達の奴隷だった!
あなたとお母様は手を組んで私をいじめ続けた!」
マリアは涙を流した。
唇を噛んだ。
「ごめんなさい、本当にごめんなさい。
でもあなたと私は実の姉妹だわ。ねぇ、そうでしょう?」
サリーはマリアにすがった。
この女は。
自分の与えた暴力などすっかり忘れてしまったようだ。
呆れるどころではない。
こんな女、死ねばいい
サリーは暫くして、口を開いた。
「お願い、私も学校に行きたいの。お願い私を連れていって。」
ソフィーがふん、とそっぽを向いた。
道がわからないのは継母の束縛によって家からでてよい範囲が厳しく定められていたからだ。
しかしらマリアも同じでひどい境遇は変わらず、同情など生まれない。
「やっぱりそういうことだったのね。
わかってたわ。あなたが私を思って謝るなんてありえないもの。」
マリアは冷たい声で続ける。
「あなたのことを実の姉妹だなんて私は思ったこと無い。あなたはいつもいつも私を利用するのよ。そして殴る。」
マリアはサリーを振り払った。
マリアは清掃服のボロボロになった袖をめくり上げた。
現れたのは、まだらに紫色に染まった
華奢な腕だった。
「可哀想なのは私の方よ。
…これを見て可哀想ともなんとも思わないでしょうけどね。
あなたが学校に行けなくても私のことは恨んだりしないでちょうだい。
自分を恨むべきよ。私を何年間も孤立させてきたことを、傷つけてきたことを」
マリアは透きとおる声で冷たく放った。
「そう…マリア、あなたは私を学校に連れて行ってはくれないのね…」
サリーは静かだった。
「あなたとは行きたくない。顔も見たくないわ。」
マリアはサリーを突き放した。
するとサリーはマリアから離れた。
サリーはふと気がついたようにソフィーに近づいてしゃがみ、ソフィーを撫でた。
「かわいい子猫。あなたのお友達なの?」
マリアに尋ねる。
「そうよ。私の大切な友達よ。」
あまり触らないで欲しい。
そう言おうとしたときだった。
「きゃっ!」



