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マリアはホテルで寝転がっていた。

「ふー疲れたぁ」


もう深夜1時を過ぎた。
レッスンがここまで長引いた。




マリアはあくびをした。

ダンスのレッスンは思っていたほど厳ものではなかった。


ただ、個人のレベルアップなど課題の多さから負担が大きく、レッスンよりも精神的な厳しいものがあったのだ。

そして長時間の練習。


合宿は残り3日。
移動時間が1日かかるため、
練習できるのは2日になった。


ロバートさんから指摘されたのは、
コミュニケーション。
相手の目を見て、心で合わせる、ということだ。

マリアにとって目を見て話すということはハードルが高い。人と話すことが苦手なのだ。

家庭内暴力を受けていたマリアにとっては、初対面の人とは特に距離を取りたくなってしかたがない。


代わりに小鳥と話すなど、はたから見れば頭のおかしな女の子になってしまった。

でも、それがマリアの唯一の救いだったのだから。





「マリア!」


「は、はいっ!」


聞き覚えのある声が、ドア越しに響いたかと思うと、現れたのは


「サリー…お姉様」

サリーがドアの前に立っていた。
またナイフでも出すのでは無いかと思ったが、ここはお嬢様が大勢いるホテルだ。警備は厳しい。


マリアは動揺していた。
しかし、冷静さは忘れず…

サリーは何事もなかったかのように、
むしろ友達のように話し出した。


「わたしダンスが楽しすぎて困ってるわ。かっこいい執事とダンス…はぁ、なんて素敵な合宿」


サリーの目当ては見た目が最高にかっこいい執事。ダンスなど足を踏みまくる程の下手くそだ。


「もう顔も見たく無いって言ったはずよね、お姉様。今更なんのようなの?
そうよ、ソフィーは!?」



マリアはサリーにつかみかかりそうなほどの剣幕だ。




「じゃあ早速いっちゃうけど」

ソフィーに関しては触れられなかった。

サリーは愛想の良い笑顔を脱ぎ捨て、マリアをいつも通り、蔑む目で見た。

そして、ドアを閉める。

「ロバートさんを私に頂戴」


サリーは言い放った。


ロバートの執務が終わったこの時間にきたのは、それが理由だったのだ。




「嫌よ」


マリアは強く言った。
声を荒げたわけでもない、
大声でもない。
ただ強く主張した。



やっぱりね、とサリーは落胆している様子ではない。殴られなかったことにほっとした。



「ええ、分かってるわ。
あなたがこの私にロバートさんを渡すなんてありえないものね。」



「もう脅しは効かないわ。
私には友達もいるし、執事もいる。
あなたがどれだけ優位に立とうとしたって無駄よ」



マリアはついこの間まで、ぼろぼろの清掃服で、埃まみれだった自分を思い出した。

もうあんな生活はこりごりだ。



「マリア、それじゃあ交渉しない?」



「何よ」

マリアは身構えた。


「あなたが花嫁選抜を1位通過したら、
ロバートさんを諦めるわ。
どう?」


「…順位がつくの?」


「ええ。そんなことも知らなかったの?
まぁ…とにかく、それを飲み込めば私はロバートさんを諦めるって言ってるの。
どうなの?」


ロバートに聞きたい。

それでいいんだろうか。