los episodios de suyos

「……“ランスタン・ド・ゲラン”か。お前の勝負香か？」

「まぁ、そんなものね。いつもは違う香水を付けているのだけど……今日は特別だったから。アタシはもう、ただのエストレジャ家の一人娘じゃないもの。」



　爽やかさの中に甘さと肉感を含むその香りは、彼女という存在をより魅惑的に演出している。彼女にとっての“瞬間”とは、一体いつだったのだろう。俺の心を引き寄せた、その一瞬は。



「……アナタは何故マフィアになったの？日本からスカウトされてチェーロのボスになったと聞いたけど。」



　予期せぬ質問をされた。これまでこの手の質問を受けたことがなかったことが幸いだったのだろうか。頭の中を風が突き抜けたように、瞬間的に体が硬直する。

　嘘をつくことを許さないであろうまっすぐな瞳が、真正面から俺を映している。こいつの前で嘘は通用しない。読心術を心得ている身でありながら、そう感じた。



「……大切な物を守るためだ。もう誰も失わないように、強くなりたかった。」



　静寂が二人を見守っている。目前にある、俺を試すような瞳の強さは全く衰えない。やがてその目がスッと優しくなり、艶(あで)やかな唇が言葉を紡いだ。