カチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチ

鳴り止まないタイピング音は、あり得ないスピードで進んでいる。

蜘蛛のように這う細い指先が、ボタンを、マウスを舐めていく。

誰も気付かないような薄暗い部屋に住んで、世界から隔離されて生きていく。

彼女の部屋は彼女の臓器から出る二酸化炭素やらで、むっとした空気が飛んでいた。

「ユウラ?おーい」

ユウラ、そう呼ばれた彼女の前にあるパソコンから、人間の声がした。

「わあっ、ごめんねーっ!ちょっとデーター処理してた」

明るすぎる画面が、彼女の顔を、髪を、全てを照らし出す。

形の良いふっくらした唇、手入れしていない割には綺麗すぎる肌、大きい二重瞼。

この世で1番美しい、そこまではいかないものの、普通の人間にしては美しすぎた。

彼女は、目黒ユウラ。

美しい人間。

「データ処理にしては、物凄いタイピングだったな。音、聞こえてたぞ」

通話の相手が笑った。

ユウラは、財布の紐を緩めに緩めて買ったコンデンサーマイクに声を吹き込む。

「わたし、データー使いすぎなんだよね。ちょくちょく捨ててかないと大変」

えへへ、と悪戯してばつの悪そうにしている子供のような雰囲気を醸し出す。

目の奥は笑っていない癖に。

・・・顔の見えない相手と通話するのは楽だが、同時に嘘を交える。

「そうかい」

通話相手の彼は、どうやら眠いようだ。欠伸が聞こえる。

ユウラはまだまだ活動時間。

昼夜逆転し、精神疾患を抱える彼女にとっては、夜の11時の通話など普通。

日常茶飯事。

「眠いのー?」

「眠い」

ユウラは少し儚げに微笑むと、ニヤッと表情を歪めた。

・・・表情は、全てを物語る。

「わたしも眠くなってきたから、通話おしまいね」

天使のような声。

嗚呼、何という美しさ。

ユウラは自分自身の美しさに、溺れかける。

「おっけー、おやすみい」

「はーい、おやすみなさーい」
ユウラが言うと、通話相手の彼は「はーい」と呟いて、ぶちりと切った。



一瞬の空白。



ユウラの眼球は一回転し、ぴたりと硬直する。

瞬きは、停止した。

ガチャリ。

閉ざされていた薄暗い部屋のドアが、開いた。

「ユウラちゃん、大活躍かな」

白い白衣を纏った博士と思われる人間が、満足げに笑って入って来た。

博士は1人の助手を連れて、ユウラの硬直した体をべたべた触る。

お世辞にも博士は美人とはいえなくて、どちらかというと醜い。

「そうですね、博士」

助手はいろいろとメモを取る。

その姿を、博士が見詰める。

「これからは、アンドロイドが自分になる世になるわよ」

「そうですね、博士」

あはは、博士は声を高らかにあげた。

その声は、ユウラと同じように天使のように、美しい声だった。

醜い顔面と反転して、そのように美しい声が出ることは、なかなか滑稽に見えた。

「ユウラ、がんばるのよ」

そう呟いて、博士と助手は部屋を去っていく。

博士の名前は“ゆうら”といった。

自分の人生をアンドロイドに置き換え、生きていく。

表面上の“ゆうら”は“ユウラ”になりかけていた。

醜いゆうらは、美しいユウラに全てを預け、

美しいユウラを自分として生かせる。

アンドロイドが、この世を支配するのだ。

いつか人間は滅亡するであろう。

ゆうらはにったりと微笑み、「おやすみ」と呟いた。